グレッグ・イーガン『シルトの梯子』読書メモ

先日、グレッグ・イーガンシルトの梯子Schild’s Ladder(ハヤカワ文庫SF)を読了した。

シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)

シルトの梯子 (ハヤカワ文庫SF)

2万年後の遠未来。量子グラフ理論の研究者キャスが〈ミモサ研究所(ステーション)〉で行った実験は、まったく新たな時空を生み出してしまう──それから数百年後、人類はその生存圏を浸蝕し拡大し続ける新たな時空の脅威に直面し、生存圏の譲渡派と防御派が対立していた。両派共有の観測拠点〈リンドラー〉号にて、譲渡派のチカヤは幼なじみのマリアマと再会し動揺する……深刻な対立と論争の果てに人類が見たものは!?

シルトの梯子 | 種類,ハヤカワ文庫SF | ハヤカワ・オンライン

作中に登場する量子グラフ理論はループ量子重力理論の上位互換という設定なので、あらかじめループ量子重力理論について以下などで多少知っておくと、本編を読むのが少し楽になるかもしれない。

すごい物理学講義

すごい物理学講義

なお、『すごい物理学講義』にはスピンフォーム(スピンの泡)の頂点形状としてイーガン提供の図が掲載されているのだが、これがまさにイーガンのサイトにある量子グラフの図と似たものだった。

恥ずかしながらループ量子重力理論についてはこれまであまり馴染みがなかったが、個人的には対抗馬である超弦理論よりも好み。とはいえ概要をざっくり調べただけだが。

その他の登場する科学トピックについては、不明な箇所が出てきたら前野氏の巻末解説を適宜参照しながら読むといいかもしれない。というか、そうやって読んだ。また、「クァスプ」という量子力学的架空ガジェットについては、短編「ひとりっ子」(短編集『ひとりっ子』所収)にも登場しているので、そちらも参照するとよいだろう。

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

本筋とは無関係だが、作中のキャラ同士の会話中で「白色矮星シリウスBを太陽系へ押し込んで地球を運び去らせる」という案が出てきて(p.109)、イーガンもこの手の天体工学ネタに興味があるんだなと印象に残った。

カバー画担当のRey.Hori氏がTwitterに画をupしてくれているので、それも紹介しておく。イーガン曰く「very cool」だと。


以下はイーガン公式サイトにある作品ページ。

以下は板倉氏による関係者のTweetまとめ。

なお、この作品に登場する架空理論「量子グラフ理論」についてのショートショートSF "Only connect" が公式サイトで公開されている(初出はNature誌)ので、訳しながら読んでみた(でも理解したとは言わない)。『シルトの梯子』にも名前が出てくるサルンペトが提唱した量子グラフ理論について、最初の検証実験(2049年~)の成功報告と共に理論をざっくり解説する記事の体裁になっているという、お話というよりも単なる設定開陳でしかない作品だった。私訳に興味がある方は個人的に連絡を下さい。

ところで、事前情報だと『シルトの梯子』は真空崩壊の話だという触れ込みだったが、ちょうど発売中のNewtonが真空崩壊を特集しているので、つい買ってしまった。

作中では新真空の広がる速度が光速の半分となっているが、なぜそうなるのかについての説明はない。本来の真空崩壊であれば光速で広がるはずなのに、そうしてしまうと物語が作れないので光速にしなかったという創作上の理由は分かる。ある方に指摘されて気づいたが、新真空はローレンツ不変性をもたない(=相対論に従わない)ため、光速では広がらないという設定じたいはおかしくない。ただし、なぜその速度が光速の半分なのかという点については、イーガンが理屈をつけているかというと実は怪しい。そんな中、板倉氏がこんなツイートをしていたので引用しておく。