イオンクラフトとビーフェルド・ブラウン効果

イオンクラフト(別名リフター)が浮上・飛行する原理を調べると「ビーフェルド・ブラウン効果」というものが出てくるので、それについてのメモ。

結論を言うと要はイオン風の発生現象である。イオン風とは、高圧放電により発生したイオンに衝突された中性分子(ここでは大気分子)が生む気流のこと。

主にトマス・タウンゼント・ブラウン (Thomas Townsend Brown) という人物がそう主張していたからなのだが、イオンクラフトには謎の力(反重力?)が働いているとされることもあったらしく、いまだに胡散臭い説明をあちこちで見かける(追記:ちなみにWikipedia日本版記事は2017年に大幅に書き換えられ、意味不明状態となっている)。そこで、ここでは Wikipedia で参考文献として挙げられていた検証論文の一部を和訳してみた。

ビーフェルド・ブラウン効果とは

タイトルを訳せば「ビーフェルド・ブラウン効果:コロナ風現象の誤解」となる。

まずは要旨(Abstract)。

With its theoretical origins dating back to the early 1920s, the Biefeld-Brown effect was believed to be responsible for the generation of thrust in capacitor configurations exposed to high voltage. This thrust was claimed to be unrelated to corona wind phenomena and to exist in vacuum. These claims, although only published in patents, survived until recent publications for very advanced propulsion concepts. Brown’s and similar work, as well as credible theoretical and experimental studies relating to the Biefeld-Brown effect, are reviewed. Moreover, an experiment was carried out to investigate any thrust not related to corona discharges. No thrust was detected within the accuracy of the experimental setup. This puts new boundaries on any anomalous Biefeld-Brown force. Measurements indicate that such anomalous force must be at least five orders of magnitude below corona wind phenomena and must have at least a two orders of magnitude higher power-to-thrust ratio compared to traditional electric propulsion thrusters. Hence, even if the effect exists, it would not be attractive for space propulsion. The obtained results suggest that corona wind effects were misinterpreted as a connection between gravity and electromagnetism.

その理論的起源は1920年代初頭までさかのぼるが、ビーフェルド・ブラウン効果は、高電圧にさらされたキャパシタ構造が推力の発生原因であると信じられていた。その推力はコロナ風現象とは無関係で、真空中でも存在すると主張されていた。これは特許だけで公開されており、非常に高度な推進コンセプトを扱った最近の出版物にまで生き永らえていた。ブラウンのものや類似の案件だけでなく、ビーフェルド・ブラウン効果に関しての信頼できる理論的・実験的研究も評価した。さらに、コロナ放電に関連しない推力を調べる実験をおこなった。推力は実験の精度内で検出されなかった。これは異常なビーフェルド・ブラウン力に新たな境界を引く。測定では、このような異常な力がコロナ風現象より少なくとも5桁以上小さくなければならず、従来の電気推進スラスタと比較して少なくとも2桁高い電力推力比を有していなければならないことを示している。したがって効果が存在したとしても、宇宙推進として魅力的ではないだろう。得られた結果は、コロナ風の効果が重力と電磁気との間で誤って解釈されたことを示唆している。

Biefeld-Brown Effect: Misinterpretation of Corona Wind Phenomena (AIAA)

なお、キャパシタというのはいわゆるコンデンサのこと。コロナ風はイオン風と同じもの……というかおそらくコロナ放電に伴うイオン風がコロナ風と呼ばれるのだろう。もしイオン風ではない謎の力が発生しているなら、大気分子のない(または極めて少ない)真空中でも推力が出るはずだが、そうはならなかったということである。

続いて以下の序論 (Introduction) を読んでみると、 NASA が1996年から2002年にかけて実施した画期的推進物理学プログラム (BPP) に関連して調査されたということがわかる。このプログラムではワープ推進を始めとした「将来の宇宙推進に使える可能性があるかも?」というネタを怪しいものからまともなものまで片っ端から調べたらしいので、取り上げられた理由は納得できる。訳文では「特許請求の範囲」のことを「特許書類」とした。

Because the propellant onboard a spacecraft contributes to a large extent to the overall mass, propellentless propulsion with thrust levels at least comparable to existing electric propulsion thrusters could dramatically reduce current costs for space exploration. Conventional concepts developed in the pursuit of this goal use either electromagnetic tethers (utilizing the Earth’s magnetic field) or photons (solar sails or laser propulsion). NASA launched the Breakthrough Propulsion Physics Project1 in 1996 to investigate more speculative and exotic concepts, for instance, possible connections between gravitation and electromagnetism, that could be utilized for propulsion. Often appearing in the popular literature and Internet homepages is the Biefeld-Brown effect,2 which is widely believed to show just such a connection and promises a breakthrough in propulsion. Although the description of this effect is based solely on patent claims, and even those claims have been shown to be from a different origin than studies on to gravity, recent papers and patents (even by NASA) revive the Biefeld-Brown topic and repeat the original claims.3-6

This paper will review the literature, including claims and both theoretical and experimental studies related to the Biefeld-Brown effect. Moreover, an experiment has been carried out in hopes of definitively settling the matter. The results, as well as all previous credible studies, suggest that the Biefeld-Brown effect, within the accuracy of the used instrumentation, is not a connection between gravitation and electromagnetism, but a misinterpretation of corona wind phenomena. The phenomena are indeed used for new propulsion concepts, such as drag reduction systems for supersonic aircraft and future launchers.

宇宙船に搭載された推進剤はその全体質量の大部分を占めるため、少なくとも既存の電気推進スラスタに匹敵する推力レベルの推進剤不要な推進方法なら、現在の宇宙探査コストを飛躍的に削減することができる。この目標を目指して開発された従来のコンセプトでは、電磁テザー(地磁気を利用)か光子(太陽帆やレーザー推進)を使う。NASA は宇宙推進に利用できるような、例えば重力と電磁気の間にありそうな結びつきといった、より投機的で新奇なコンセプトを調査するため、1996年に画期的推進物理学プログラム[1]を開始した。よく大衆文学やインターネットのホームページに記されているのはビーフェルド・ブラウン効果で、これはまさにそのような結びつきを示し、推進におけるブレークスルーが約束されていると広く信じられている[2]。この効果の説明は特許書類のみに基づいているが、この特許では重力についての知見とは異なる原因をもつとされており、最近の論文や特許(NASAによるものですら)においてビーフェルド・ブラウンの話題を甦らせ、元の特許に繰り返し言及することになっている[3-6]。

本稿では、ビーフェルド・ブラウン効果に関する特許書類を含んだ理論的・実験的研究文献を評価する。また、実験は決定的な問題解決を望んでおこなわれている。その結果だけでなく、これまでの信頼できる研究すべてにおいて、使用する計測器の精度内で、ビーフェルド・ブラウン効果が示すのは重力と電磁気の結びつきではなく、コロナ風現象の誤解である。この現象は、超音速航空機の抗力低減システムや未来型の打上げ装置のような新しい推進コンセプトで実際に使われている。


  1. Millis, M., “Challenge to Create the Space Drive,” Journal of Propulsion and Power, Vol. 13, No. 5, 1997, pp. 577–682.
  2. Brown, T. T., “A Method of and an Apparatus or Machine for Producing Force or Motion,” U.K. Patent No. 300.311, 15 Nov. 1928.
  3. Stein,W., and Rusek, J., “Electrokinetic Propulsion for Exoatmospheric Applications,” International Conf. on Green Propellant for Space Propulsion, European Space Research and Technology Center, June 2001.
  4. Campell, J. W., “Apparatus and Method for Generating Thrust Using a Two Dimensional, Asymmetrical Capacitor Module,” U.S. Patent 6,317,310, granted 13 Nov. 2001.
  5. Serrano, H., “Propulsion Device and Method Employing Electric Fields for Producing Thrust,” U.S. Patent 6,492,784, granted 10 Dec. 2002.
  6. Loder, T. C., III, “Outside the Box Space and Terrestrial Transportation and Energy Technologies for the 21st Century,” AIAA Paper 2002-1131, 2002.
Biefeld-Brown Effect: Misinterpretation of Corona Wind Phenomena (AIAA)

ということで、「ビーフェルド・ブラウン効果」などともっともらしい名前が付いているが、要するにイオン風が発生するだけのことである。イオン風とは別の現象があると異議を唱える人もいるようだが、見込みはなさそうだ。

豆知識として、イオンクラフトを1964年に発明したアレキサンダー・P・デセバスキーは、さらに昔の1931年に航空機メーカー「セバスキー」を創業している。セバスキー社はのちにリパブリック社となり、P-47戦闘機など軍用機の開発・生産を手掛けた。

余談だが、イオンクラフトというとSFファン的には小松左京『空中都市008』(1969年刊、作中表記「アイオノクラフト」)や『さよならジュピター』(1982年刊、同)、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』(1969刊、作中表記「イオノクラフト」)、高千穂遙〈クラッシャージョウ〉シリーズなどが思い出される。海外SFではフィリップ・K・ディック『ガニメデ支配』(原著1967年刊)にも出てくる。1960年代には未来の飛行手段として夢見られていたのだろう。それと、背びれがイオンクラフトになっている空飛ぶトカゲ様生物の画を、誰かのSFイラストで見た記憶がある(追記:コメントで指摘されたが、『奇想天外SF兵器』にあった加藤直之氏による挿絵だと思われる)。

追記

月でなら実用になるかもしれない。