ダイソン球を外から眺める

詳しい経緯は以下の記事に任せるが、本記事では本来フリーマン・ダイソンが想定していた構造物を「ダイソン」、現在広まっている一体型の構造物を「ダイソン」と記して区別している。

なぜ赤外線が出るのか

恒星を球殻で覆ったら排熱のせいで赤外線が出るのはなぜか。ひとことで言うと、熱力学の法則である。電気エネルギー、運動エネルギーなど、エネルギーというのは様々な種類があるが、すべて最終的には熱となる(エントロピー増大の法則;熱力学第2法則)。そして、その総量は変わらない(エネルギー保存の法則;熱力学第1法則)。

たとえば地球の場合、地球全体のアルベド(反射能)は0.3程度なので、受けた太陽エネルギーの約3割は宇宙へ反射され、残りの約7割が地球に吸収されているのだが、この吸収された分はその後に赤外線として宇宙へ放射されている(天気予報で聞く「放射冷却」というのは、この地球放射のせい)。つまり地球が受ける太陽エネルギーの合計と、地球が宇宙へ放出するエネルギーの合計は等しくなっていて、均衡が保たれている。これを熱平衡という。

ダイソン球も同じで、恒星の放射エネルギーはダイソン球の内面で吸収され、そこのシステムや居住者に利用されるのだろうが、結局はすべて熱になるので、この熱を赤外線という形で外側の宇宙空間へ放出しており、球殻は熱平衡状態となっているはずだ。もしも恒星からエネルギーを受け取るばかりで熱を捨てられなければ、ダイソン球内部は蒸し焼き状態となってしまうだろう。以上のことから、ダイソン球が存在した場合は赤外線観測に引っかかるのではないか――という主張に繋がるわけである。仮に恒星を殻で完全に覆っている構造だとすると、殻の外側が宇宙へ放出するエネルギーの総和は、殻の中にある恒星の放射エネルギーとほぼ同じになる。

無数の群れからなるダイソン群なら完全に恒星を覆わないので、外から見ると居住地の周回につれて恒星の表面が見え隠れするはずだ。一方、開口部のないダイソン球であれば、恒星を完全に隠した黒い球体となり、可視光では遠くから見えないだろう。しかし内部からの排熱による放射があるので、赤外線で見ると強く輝いているはずである。

ダイソン球への熱放射

物体1(絶対温度T_1、表面積A_1、放射率ε_1)が壁面2(絶対温度T_2、表面積A_2、放射率ε_2)に完全に囲まれている場合、物体1が熱放射によって壁面2に放出する単位時間あたりの熱量P [W]は以下の式で表される。σ(シグマ)はシュテファン=ボルツマン定数(5.670367 \times 10^{-8})。※参考:熱放射 - Wikipedia「面の間で運ばれる熱量」

\displaystyle P=\frac{σ}{\frac{1}{ε_1}+\frac{A_1}{A_2}\left(\frac{1}{ε_2}-1\right)}A_1(T_1^4-T_2^4)

恒星(太陽)を球殻で完全に覆った場合はこの式が使えるので、当てはめると以下となる。ただし、Rは恒星の半径[m]、rは球殻の半径[m]である。恒星の表面温度は恒星を黒体とみなして考えるので、放射率ε_1=1とする。

\displaystyle\begin{eqnarray} P&=&\frac{σ}{\frac{1}{1}+\frac{4πR^2}{4πr^2}\left(\frac{1}{ε_{\rm Dyson}}-1\right)}4πR^2(T_{\rm sun}^4-T_{\rm Dyson}^4)\\
&=&\frac{σ}{1+\frac{R^2}{r^2}\left(\frac{1}{ε_{\rm Dyson}}-1\right)}4πR^2(T_{\rm sun}^4-T_{\rm Dyson}^4)\end{eqnarray}

もしも球殻の内面が黒体であれば、放射率ε_2=1(つまりε_{\rm Dyson}=1)となるので、以下のようになる。分母は1となって消える。

\displaystyle\begin{eqnarray} P&=&\frac{σ}{1+\frac{R^2}{r^2}(\frac{1}{1}-1)}4πR^2(T_{\rm sun}^4-T_{\rm Dyson}^4)\\
&=&4πR^2σ(T_{\rm sun}^4-T_{\rm Dyson}^4)\end{eqnarray}

ここから、何も覆われていない状態だと恒星からの放射エネルギーP [W]が以下となることがわかる。

\displaystyle P=4πR^2σT_{\rm sun}^4

例えばわれわれの太陽であれば、NASAのファクトシートを見ると半径は6.957 \times 10^8 [m]、表面温度は5772 [K]なので、代入すると以下の式となる。

\displaystyle\begin{eqnarray} P&=&4π \times (6.957 \times 10^8)^2 \times (5.670367 \times 10^{-8}) \times 5772^4\\
&\fallingdotseq&3.83 \times 10^{26}\end{eqnarray}

これが1秒間に太陽から放出される電磁波の放射エネルギー(全放射束)で、天文学では光度ともいい、単位はワット(W)。ジュールを使うならジュール毎秒(J/s)となる。

恒星の表面温度は、内部の核融合により生成されたエネルギーが放射エネルギーと釣り合うことで決まる。放射エネルギーPが変わらないと仮定すれば、恒星が球殻に覆われる前と覆われた後との関係から、以下の式が導かれる。なお、球殻に覆われる前の恒星表面温度をT_{\rm sun0}、覆われた後をT_{\rm sun1}とする。

\displaystyle\begin{eqnarray} 4πR^2σT_{\rm sun0}^4&=&4πR^2σ(T_{\rm sun1}^4-T_{\rm Dyson}^4)\\
T_{\rm sun0}^4&=&T_{\rm sun1}^4-T_{\rm Dyson}^4\\
T_{\rm sun1}^4&=&T_{\rm sun0}^4+T_{\rm Dyson}^4\\
T_{\rm sun1}&=&(T_{\rm sun0}^4+T_{\rm Dyson}^4)^\frac{1}{4}\end{eqnarray}

つまり、恒星は球殻に覆われると、少しだけ表面温度が上がることになる。さらに厳密に考えれば、恒星の温度が変わると内部の状態も変化して生成エネルギーPが変わり、式が釣り合うための表面温度はさらに少し上昇するはずで、計算はややこしくなってしまう。

しかし、生物が居住することを考えると、球殻の温度は恒星の表面温度よりもはるかに低くなる(T_{\rm Dyson}\ll T_{\rm sun})ため、恒星の表面温度・生成エネルギーの増加は無視してよい。球殻の温度が極端に高く恒星の表面温度に近い場合は考慮しなければいけないかもしれない。

ダイソン球の表面温度

開口部のないダイソン球を考えた場合、表面の温度T [K]を求める式について。

「熱輻射で黒体から放出されるエネルギーは絶対温度の4乗に比例する」という、シュテファン=ボルツマンの法則により、放射発散度I放射率(黒体で1になる)をε(イプシロン)、シュテファン=ボルツマン定数をσ(シグマ)、絶対温度Tとすると、以下の関係となる。

\displaystyle I =εσT^4

なお、放射発散度というのは、物体の単位表面積から単位時間あたりに放出されるエネルギーを表す物理量で、単位はワット毎平方メートル(W/m2)。絶対温度の単位は言わずと知れたケルビン(K)。

上の式を使い、太陽の光度P [W]を求める式が作れる。太陽の表面温度なのでTにはT_{\rm sun}と添字をつけ、太陽を黒体とする。上の式は平方メートルあたりの値だが、表面積全体から出る値が知りたいのでそれを掛ける。太陽の半径をRとするとその表面積は4πR^2なので、これを上の式に掛けると以下の式が得られる(というか、前の項にも出ている式とほぼ同じ)。そして太陽の表面温度T_{\rm sun}を求める式へと変形していく。

\displaystyle\begin{eqnarray} P&=&4πR^2εσT_{\rm sun}^4\\
εσT_{\rm sun}^4&=&\frac{P}{4πR^2}\\
T_{\rm sun}^4&=&\frac{P}{4πR^2εσ}\\
T_{\rm sun}&=&\left(\frac{P}{4πR^2εσ}\right)^\frac{1}{4}\end{eqnarray}

さて、これは太陽の表面温度を求める式なのだが、実はそのまま、外から見たダイソン球の表面温度を求める式としても使えてしまう。球殻が完全に太陽を覆っている構造であれば、殻の内側で吸収するエネルギーと外側で放出するエネルギーは等しいため、太陽半径を球殻半径に置き換えるだけでよい。球殻の半径をrとするとその表面積は4πr^2、球殻を黒体として、その表面温度をT_{\rm Dyson}と置くわけである。

\displaystyle T_{\rm Dyson}=\left(\frac{P}{4πr^2εσ}\right)^\frac{1}{4}

そして、地球軌道半径の球殻を置いて黒体とみなして計算すると表面温度は約394 K(121 ℃)となる。もしこの環境で地球生物が生きるのであれば熱すぎるので、地球軌道への設置は近すぎることがわかる。参考までに、この式で表面温度が約20 ℃になる距離を単純に探ると、地球軌道半径の1.8倍の距離となる。

なお、地球の表面温度を考える場合は温室効果による気温上昇の要素も重要だ。温室効果というものは前提として大気が必要なので、ダイソン球で考える場合は内壁面に重力を発生させねばならないのだが、これはまた別の話。

熱収支を考えると、殻の内側と外側では面積比程度しか放射されるエネルギー密度の差がないはずなので、その温度は大して変わらないだろう。冷媒で絶え間なく内殻から外殻へと熱を運ぶ構造になっているはずだ。

ダイソン球の最小半径

放熱する球殻の最小半径rを求めるには、前述の式を変形すればよい。

\displaystyle\begin{eqnarray} T^4&=&\frac{P}{4πr^2εσ}\\
r^2&=&\frac{P}{4πεσT^4}\\
r&=&\sqrt{\frac{P}{4πεσT^4}}\end{eqnarray}

例えばダイヤモンド(炭素)なら4000 Kの環境でも大丈夫なので、温度Tに4000を入れると、半径r_{s}1.48\times10^9 m、約2太陽半径となり、極めて小さくなる。能動的に冷却できる何らかのシステムがあれば、球殻はもっと小さくできる。

ダイソン球が放射する波長

「黒体からの放射強度最大の波長が温度に反比例する」というヴィーンの変位則により、球殻を黒体だと仮定すれば、そこから放射される強度最大の波長を以下の式で求めることができる。

\displaystyle λ=\frac{2.8978\times10^{-3}}{T}

このときλ(ラムダ)は放射されるピーク波長[m]、Tは黒体の温度[K]、2.8978\times10^{-3}は比例定数。

ダイソンが論文で予想した約10マイクロメートルの赤外線とは、この放射強度最大の波長を指す。

ダイソン球で得られるエネルギー量

太陽の光度3.8\times10^{26} [W]を1年間分計算してその電力量[Wh]を求めてみると、1年は8760時間なので以下となる。

\displaystyle 3.8\times10^{26}\times8760 = 3.3288\times10^{30} [Wh]

これが、われわれの太陽を囲んだダイソン球で1年間に得られる電力量である。なお、これをジュールに換算すると、1ワット時は3600ジュールなので、

\displaystyle 3.3288\times10^{30}\times3600 = 1.198368\times10^{34} [J]

と、だいたい1.2\times10^{34}ジュールとなる。

国際エネルギー機関(IEA)の Electricity Market Report(『電力市場報告書』2022年7月版)にある「Global supply and emissions」の表で全世界の1年間の電力供給量(Total generation)を調べると、2022年は28847 [TWh]とある。ざっくり2万9000テラワット時として、2.9\times10^{16} [Wh]である。先の電力量をこの値で割ると、1.137\times10^{14}となる。つまり、われわれの太陽を囲んだダイソン球で1年間に得られるエネルギー量は、現在の地球全体における年間電力供給量の約113兆倍ということになる。

メモ

内殻と外殻の間に生命体が住んでいて、発電したエネルギーを何かしらに使うとそれが熱になるわけだが、しかし、そんなに大量のエネルギーを使って何をするのか、というのが一番の疑問。得たエネルギーは電磁波ビーム等で球の外へ運ばれているのかもしれない。内部の恒星から捕獲するエネルギーと外部に捨てるエネルギーが釣り合うのは、ダイソン球内でエネルギーを使ってそれが最終的に熱の形態になる場合なので、球の外にエネルギーを運ぶなら釣り合わなくてもいい。

球殻は居住用ではなく、そこにはコンピュータがたくさん置いてあって、恒星から得た大量のエネルギーで何かを計算している超巨大計算機構造物であるというネタも考えられる。使いきれないエネルギーは冷媒で外殻に運んで捨てるわけだ。

本記事は数年前に書いたメモがベースで、今回発掘されたので公開した。協力いただいたS. N.氏に感謝する。間違いがあればすべて筆者の責に帰する。