アンディ・ウィアー「ユーリイ・ガガーリン、銀河系を救う」

本作は2016年、アンディ・ウィアー(Andy Weir)自身のWebサイトで公開している短編をまとめた短編集 Principles of Uncertainty がモバイルアプリTapas内で出た際に、未公開の新作として収録された短編である。その後2018年4月、世界宇宙飛行の日(ガガーリンが飛んだ日)を記念してウィアーがWebサイトで公開した。980語なので、分類としてはフラッシュフィクション(1000語未満の短編)になる。今回、著者に訳してみたものを送ってみたら、好きなところに投稿して良いという許可をいただいた。ウィアー氏への感謝と共に、ここに公開する。


翻訳元:Yuri Gagarin Saves the Galaxy via https://x.com/andyweirauthor/status/984662240891551750

アンディ・ウィアー「ユーリイ・ガガーリン、銀河系を救う」

ボストーク1号はバイコヌール宇宙基地を後にして空へと飛び立った。宇宙船の中、ユーリイ・ガガーリンは巨大な力で座席へと押しつけられながら息を切らしていた。飛行開始から119秒後、分離ブースターは燃料を使い果たし、ロケットから離れ落下していった。中心部分のエンジンはさらに3分間推力を維持した。その後、第2段エンジンが点火し、宇宙船をさらなる高みへと押し上げた。そしてついに、ユーリイの人生で最も過酷な10分間が過ぎ、エンジンは静かになった。彼は宇宙へ到達した最初の人類となったのだ。

「飛行は順調に続いています」と彼はバイコヌールに報告した。「地球が見えます。視界は良好です」

「ようこそ、大使!」と陽気な声が響いた。

ユーリイは驚いて身震いした。通常、通信は雑音だらけで、かろうじて聞こえる程度だった。しかしこの声は、まるで目の前で話しているかのように明瞭だった。

「大使、私の声は聞こえますか?」と尋ねてきた。その声はスモレンスク訛りで話し、ユーリイの故郷クルシノでの若き日々を思い出させた。

「誰……誰が話しているんだ?」ユーリイは機内を見回しながら尋ねた。

「我々はゾープラクシアン集合体です! 我々は高度に発達した文明で、あなたがたの惑星をしばらくの間観察してきました。初めての有人宇宙飛行、おめでとうございます!」

「バイコヌール」とユーリイは言った。「報告します、幻聴を体験中」

「いやいや、それは駄目です」と声は言った。「我々はあなたの通信を遮断しています。他の人類を巻き込みたくないのです。宇宙に来たのはあなたなので、あなたが人類の代表として話すべきです。あなたが大使なのです」

「なるほど」

「それに、4年前に送ってきた犬よりずっと良いですよ。我々はあの犬と何時間も会話を試みたのですから」

「つまり……あなたがたは宇宙人だと?」とユーリイは言った。

「ああ、その通りです。我々は何十万年もの間、星々を旅してきました。知的生命を見つけたら必ず立ち寄って挨拶をするのです。ただし、彼らが誰かを宇宙に送り出すまで待ちます。発展を妨げたくないので」

「どうやって声が聞こえているんだ?」とユーリイは尋ねた。

「ああ、それですか? 思考を直接あなたの頭の中に送り込んでいるのです」

「で、僕に何をお望みで?」

「あなたに望むことは何もありません」と声は言った。「科学的知識を与えに来たのです!」

「ただ、くれるってわけか?」

「もちろんです! 我々は極めて慈悲深いのです。あなたがたが使用している通信用の電波周波数も把握しています。科学的情報を地球の全員に向けて放送できます。ただし、あなたがたに何が必要かわかりません。どんな技術が欲しいですか?」

「うーん……」とユーリイは言った。「わからないな……がんの治療法はどうかな?」

「うん、簡単です」と声は言った。「ウイルスを工学的に作り出す技術があります。がん細胞だけを攻撃し、他の細胞は無傷のままにできます。詳細を今すぐ地球に向けて放送しましょうか?」

「待って」とユーリイは言った。「その技術を使って、特定の民族を標的にした致死性のウイルスを作ることはできる?」

「えっ? まあ……理論的には可能です。でも、そんなことが起こるでしょうか? 科学者たちの長い一連のミスが必要になりますが」

「故意にやったとしたら?」

「ありえません」と声は言った。「数千の知的種族がいますが、全員が一つの共通点を持っています。それは、他の知的生命を傷つけることがまったくできないということです。これは進化の必須条件なのです。それを本能的な性質として進化してこなかった種は、協力的な社会に発展することができません」

「なるほど」とユーリイは言った。

「では放送を始めましょうか?」

「いや、その情報は放送しないで」

「不思議ですね」と声は言った。「でも大使が一番よく分かっているはずですし。では採掘技術はどうですか? どんな地塊にも向けられるビームがあります。物質を元素ごとに整然と分離できます」

「だめだ!」とユーリイは声を荒げた。「あー……つまり、結構です。採掘技術は充分なので」

「分かりました。では我々が使っているこの通信システムはどうでしょう? どんな距離でも誰とでも会話ができます。言語の壁も誤解もありません」

「うーん……たぶん……」ユーリイは少し考えた。「ちょっと待って。これで人の脳を溶かすことはできる?」

「なんですって? そんなことは考えもしませんでした。まあ、誤って出力を高すぎに設定した場合になら――」

「パスするよ」

「では気象制御はどうですか? きっと都市での雨や雪には辟易していることでしょう。必要な山岳地帯に送ることができます!」

「ハリケーンについてはどう?」とユーリイは尋ねた。「好きな場所にハリケーンを送ることもできる?」

「もちろんです!」

「やめておこう」

声はため息をついた。「非常に困惑します。これほど真っ向から断られたことは今までありませんでした」

「すまない」とユーリイは言った。「ただ……複雑な事情があるんでね」

「ああ、分かりました! 恒星間航行です。あなたは自分の惑星を離れることに興味がありますよね。星々を旅して他の知的生命に会いたくありませんか?」

「彼らには戦争への備えがあるのかい?」とユーリイは尋ねた。

「申し訳ありません。我々の翻訳システムは『戦争』という言葉を理解できません。どうやらその概念に今まで出会ったことがないようです。説明していただけますか?」

「そうか、よく聞いてほしいんだが」とユーリイは言った。「どんな状況であっても、絶対にうちの惑星へいかなる技術も与えないでほしい。特に恒星間航行技術は。永遠にね」

「永遠にですか?」

「永遠にだ」

「宇宙の熱的死は10の100乗年後に起こりますよ」

「まあ」とユーリイは折れた。「しばらく待ってから確認するのはいいだろうね。1万年くらいでどう?」

「それだけですか? 分かりました、待ちましょう」

「もうすぐ他の人類も宇宙にやってくるだろう。彼らとは話をしないでくれ。要するに、どんな人類とも一切話をしないでくれ。1万年の間はね」

彼は返事を待った。返事はなかった。

「もしもし? 宇宙人の皆さん? いるかい?」

静寂。

「ふむ、これで終わりってことか」とユーリイは言った。

17分後、彼は大気圏再突入を開始した。この過程では彼を死に至らしめかねない技術的な問題が多発した。大気圏内に無事到達すると、彼はカプセルから射出され、パラシュートで着地した。これは正しい判断だった。カプセルにもパラシュートは装備されていたが、地面に大きな穴を残すことになったからだ。

2年後、彼はソビエト連邦英雄の称号を授与された。しかし、銀河系の他の文明は後に、彼を全文明の救世主として知ることになるのであった。