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「【至急】エイリアンの宇宙船ってどうやって動くんですか?」映画『メッセージ』スティーブン・ウルフラムのSF考証裏話

はじめに

テッド・チャンの短編SF「あなたの人生の物語」を原作とした映画『メッセージ』(原題:Arrival)が2017年5月に日本でも公開されるが、物理学者のスティーブン・ウルフラム氏がこの映画で科学考証(クレジット表記は「consulting scientist」)を担当しており、自身のブログでその仕事内容の解説をしているので、ここに和訳してみた。

ウルフラム氏は数式処理ソフトMathematicaの考案者として有名で、現在はウルフラム・リサーチ社のCEO。同社はオンラインの質問・計算応答システム「Wolfram Alpha」でも知られている。

なお、本記事についてはきちんと申請して翻訳・公開の許可を得ている。先方からの要請に基づき、この翻訳記事では元記事にある画像は転載せず、代わりに元記事と同じ位置に画像へのテキストリンクを置いてある(ので、それをクリックすれば元記事と同じ画像が見られる)。また、こちらでいくつか訳註を加えた。訳文にあった誤りを多数指摘していただいたS. N.氏と、物理学関連の表記を中心に色々とチェックしていただいたSatoru Inoue氏(id:hundun2 / @Inoueian)の両名には深く感謝する。

ところで、ウルフラム氏本人は冒頭に「映画のネタバレはない」と書いているが、人によってはネタバレと感じるかもしれない内容なので(元記事のコメント欄にもそういう方がいた)、念のため警告はしておく。


翻訳元記事:Quick, How Might the Alien Spacecraft Work?—Stephen Wolfram Blog

【至急】エイリアンの宇宙船ってどうやって動くんですか?

2016年11月10日

[この記事は映画『メッセージ』(原題:Arrival)についてのものだが、映画のネタバレはない。]

ハリウッドとの接触

「これは面白い脚本ですよ」とうちの広報の誰かが言った。図表やポスターや本を映画に出したいと、制作者からお願いされるのは結構よくあることだ。だけど今回の要請は違っていた。「ハリウッドの大作SF映画に出てくる、現実的なモニターグラフィックス表示を至急作っていただけないでしょうか? 撮影が始まりそうなんです」

さて、私たちの会社では、珍しい問題については最終的に私の受信箱に届く。そしてこの件もそうだった。ところで偶然にも、娯楽と職業的な興味から、私はおそらく過去数十年に渡りほとんどの主流SF映画を見ている。だが、この作品の制作中の仮題(“Story of Your Life”〔『あなたの人生の物語』〕)からでは、この映画がSFなのか何なのか、まったくわからなかった。

しかしそれがエイリアンとのファーストコンタクトものだと聞いたので、「じゃあ、脚本を読んでみるよ」と私は答えた。そして、そう、面白い脚本だった。複雑だが興味深い。実際の映画がSF中心になるのか、ラブストーリー中心になるのかはわからなかった。それでも、意味をなさないものと混ざっていて細かな科学的ミスがたくさんあるにもかかわらず、そこに興味深い科学関連のテーマがあるのは間違いなかった。

SF映画を見るとき、私はかなり頻繁にげんなりしていると言わざるをえない。「この映画には1億ドル〔100億円〕が費やされているのに、それでもまだ、詳しい人に尋ねればすぐに修正できたような、いらない科学的ミスがいくつもあるなぁ」などとよく思う。だから大変忙しい時期だったが、現在では『メッセージ』(原題:Arrival)と題されたこの作品に関わり、自分ができうる限り最高の科学を盛り込むという個人的な挑戦をしてみようと決意した。

思うに、多くのハリウッド映画で科学がうまく盛り込めていない理由はいくつか考えられる。ひとつは、映画制作者がふつう、映画の「科学感」に敏感ではないということだ。彼らは、物事が人間的なレベルで変な場合であれば分かるのだが、一般的にいって科学的に何が足りてないのかについては分からない。時には地元の大学に協力を求めることもあるが、彼らはあまりにもしょっちゅう、その物語全体が間違っているとは言わないような、過度に専門に特化した学者へ投げてくる。もちろん公平のために言っておくが、科学的な内容というのは通常、映画を作ったり壊したりはしないものだ。しかし、いわば良いセットのデザインみたいに良質の科学的内容が盛り込まれていれば、良い映画を偉大なものにする一助となるだろう。

会社としては、ハリウッドと仕事をした経験もある。たとえば、テレビドラマ『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』では、全6シーズンにおける数学描写をすべて考えている。私は個人的に関わったことがないが、映画を手伝ったことのある科学者の友人は多くいる。『ジュラシック・パーク』に関わったジャック・ホーナーは、(自身でも語っているが)最終的にかなり彼の古生物学理論を映画に盛り込んだ(間違っていることが判明したものも含まれているが)。そしてキップ・ソーン(最近、重力波の検出に成功したことで有名)は、その80年代のセカンドキャリアが『インターステラー』の企画のもとになった*1。彼は Mathematica を使ってオリジナルのブラックホールの視覚効果も制作している。もっと昔の時代には、『2001年宇宙の旅』でAIに関する相談を受けたマーヴィン・ミンスキーがいたり、エドワード・フレドキンが、『ウォー・ゲーム』のいくぶん奇抜なフォルケン博士のモデルとなったりしている。そして最近では、マンジュル・バルガヴァがいる。彼は十年に渡り『奇蹟がくれた数式』を監修し*2、最後は編集期間の数週間で注意深く「数学描写のチェック」をした。

これらの人々は皆、映画制作のずっと早い段階から関わっていた。だが私は、関わるのが撮影開始の時期からであることに対して、映画が実際に作られるのが判明しているという利点があると考えた(そう、ハリウッドではN/S比〔雑音対信号比;ここでは雑音を強調している〕が非常に大きいことがよくある)。それはまた、私の役割がはっきりしていることを意味していた。私にできるのは、科学描写を改善して滑らかにすることだった。プロット内で重要な点を変更することなど考える必要がなかった。

この映画の構想は、テッド・チャンによる1998年の面白い短編小説を基にしている。だがこれは概念的に複雑な物語で、数理物理学のかなり技術的なアイデアをネタにしていた。それだけに、こんなものを誰がどうやれば映画化できるのかと思ったのは私だけではなかっただろう。それでも、これを基にした120ページの脚本があった。科学描写は原作ストーリーにあるいくつかと、そこにかなり足されていたが、ほとんどがまだ「Lorem ipsum〔=意味不明な文のこと〕」状態だった。それで私は仕事としてコメントしたり、修正案を提案したりなどした。

数週間後……

数週間後までカットしよう。息子のクリストファーと私はモントリオールに到着する。隣にある巨大な撮影所では最新の『X-MEN』映画が撮影されている。『メッセージ』はもっと小さな撮影所だ。そこに着いたのは、映画中盤にあるヘリコプター内のシーンの撮影中である。俳優は見られないが、「ビデオビレッジ」〔撮影中に映像をチェックしている一角のこと〕にあるモニターで、数人のプロデューサーらと一緒に見ている。

私が聞く最初の台詞がこれだ。「いくつかの二進数列から始まる、(エイリアンに対する)質問リストを用意しました……」ここで私は「おお、提案したやつだ! 素晴らしい!」と感じる。だが、すぐ後に別テイクとなる。そこで台詞が変わる。そうやってさらにテイクが増える。そして、まあ、会話はスムーズに聞こえる。だけどその意味が正しくないのだ。「こいつは思っていたより難題だぞ」と私は悟る。たくさんの妥協。多くのややこしさ(幸いなことに、完成した映画では正しい意味が混ざり合って、良い会話となっている)。

しばらくすると、撮影中に休憩がある。私たちはエイミー・アダムスと話す。彼女はエイリアンとのコミュニケーションをはかるため任命された言語学者を演じている。彼女は以前、地元の言語学の教授に張り付いてしばらく過ごしており、言語によって思考がどの程度決まってしまうのかという問題について熱心に話したがる。それは私が計算機言語の設計者として長いあいだ関心を持ってきた話題だ。しかしプロデューサーが本当に望むのは、映画内の物理学者を演じるジェレミー・レナーと私が話すことだ。彼の機嫌が悪そうだったので、彼らが作った「科学テント」のセットを見て、そのビジュアルからどのように機能するかを考えようとする。

〔画像リンク〕セットにて、私とクリストファー

コードを書く

脚本からは、興味深いビジュアル素材がたくさん出てくることがわかった。面白そうだったが、私には個人的にそれを作る時間がなかった。でも幸いなことに、非常に速く創造的なプログラマーである私の息子のクリストファーが、この仕事に興味を持っていた。彼を撮影現場に1〜2週間預かってもらおうとしたのだが、まだ若すぎると判断されたので、在宅で作業に取りかかった*3

彼の基本的な戦略は簡単だった。「実際にこれをやるなら、どのような分析や計算を行うのか?」と問うだけだ。エイリアンの着陸地の一覧があるが、そのパターンは何なのか? 宇宙船の形状に関する幾何学的なデータがあるが、それが意味するものは何なのか? エイリアンの「筆跡」があるが、これは何を意味するのか?

〔画像リンク〕ビジュアル素材のコラージュ

映画の制作側はクリストファーに生データを現実のそれと同じように渡しており、彼はそれを分析しようとしていた。それぞれの質問をあらゆる種類のWolfram言語コードに変換し、ビジュアル化した。

クリストファーは、他の映画に出てくるコードがしばしば意味をなしてないのをよく知っていた(余談だが、お気に入りはLinuxのnmap.cのソースコードらしい)。しかし、彼は意味をなすコードを作りたいと思っていたし、映画内で行われている分析を実際にしようとした。

〔画像リンク〕近隣の着陸地点どうしを結んだパターン

〔画像リンク〕「筆跡」から検出された角を結んだパターン

完成した映画におけるモニターグラフィックスは、クリストファーが作ったものと、彼の作成物を元にしたもの、そして別個に入れられたものが混ざっている。場合によってはコードを見ることができる。エイリアンの「筆跡」を並べ替えるという素晴らしいショットのように。そこでは、やや洗練されたWolfram言語のコードが書かれたWolframノートブック*4の画面が映る。そう、このコードはWolframノートブック内で実際に変換できるのだ。これは本当に、計算が実際に行われている。

恒星間航行の理論

初めて映画の脚本に目を通し始めてすぐに気づいたのは、筋の通った提案をするために、作中を通して具体的な科学理論を考え出す必要があることだ。残念なことに、時間はあまりなかった。結局、恒星間航行がどのようなものになるかを考えるのに、ほぼ一晩しかなかった。これが、その晩思いついたことについて、私が映画制作陣のために書いたものの冒頭だ(ネタバレを避けるためこれ以上は出さない)。

〔画像リンク〕恒星間宇宙船についての(空想)科学

当然、こういった物理的な詳細はすべて映画に直接必要とはならなかった。それでも、これをじっくり考えたことは、脚本に関して一貫した提案をする上で本当に役立った。そして、あらゆる話し合いのためのSFアイデア的なものにつながった。ここには、最終的な脚本に取り入れられなかった(おそらくその方がよかった)ものがいくつかある。「船全体が、ひとつの巨大な量子のように宇宙を渡る」「エイリアンはプランクスケール時空間ネットワークを直接操作する必要がある」「船体の周囲には時空の乱れが発生する」「それは船体表面が既知の115元素だけでなく、無限の種類の原子からなるようなものである」(船を単色レーザーで照らすと、虹色のように反射するはずだろう)……こういったことを私のような「実際の科学者」が提案するのは楽しい。ある種の解放だ。特に、議論の中のこれらSF的な断片はすべて、長くて深い物理学の議論につながる可能性があるからだ。

映画のために、私は恒星間航行用の特別な理論が欲しかった。もしかしたら遠い未来のある日、それが正しいと判明するかもしれない。しかし、今のところはもちろん分からない。事実、知られている範囲において、現存する物理学には単純な「抜け穴」があり、これが恒星間航行を直接可能にする。たとえば、私が1982年にやったいくつかの研究でさえ、標準的な場の量子論においては、〔常識に対して〕まったく矛盾しているようだが、真空から「零点エネルギー」を連続的に取り出せなければならないことをほのめかしている。この基本的な仕組みは、恒星間航行に使える可能性のある推進源として、長年に渡りおそらく最も多く引用され続けている。たとえ私自身が実際にそれを信じていなくてもだ(材料の理想化がはなはだしいように思える)。

ひょっとしたら、(最近広く知られるようになったように*5)せめて小さな宇宙船を、レーザーによる放射圧で最低でも近くの星へ撃ち出すという、はるかに平凡な方法で推進しているかもしれない。あるいは、標準的なアインシュタインの重力理論の範疇ですら、時空の適切な歪みを設定するために「ブラックホール工学」を用いる方法がいくつかある。もし物理学の基礎理論が判明したとしても(いつになる?)、たとえばこの宇宙で超光速航行が可能かどうかなどは、すぐに判断できることではないかもしれないと認識するのは重要だ。量子場やブラックホールとかその類のものの構造を、ちょうどうまい感じに設定する方法はあるだろうか? (決定不可能性ゲーデルの不完全性定理、停止性問題などに関連してくる)計算の非簡約性は、構造の設定がどれほど精緻で難しいかについての上限がないことを示している。そして最終的に、宇宙の歴史の中で実行可能なすべての計算がやり尽されるだろう。そうなったら、必要となる構造を考えても、それが不可能であるかどうかは決して確かめることができない。

物理学者とは何か?

セットを訪問するときに、私たちは最終的にジェレミー・レナーと会う。彼がトレーラーのステップに座りタバコをくゆらせているのを見つけると、どうみても勇ましいアクション冒険家に見えてしまい、私は映画のように彼を見てしまったのが分かった。私は、物理学者がどんなものなのかを伝える最も効率的な方法について思案している。私は物理学について話し始めるべきだと判断する。そこで、私は映画に関連する物理の理論について説明し始める。私たちは、空間と時間、量子力学、超光速航行などについて話す。マンハッタン計画の「現場で物理学をやる」ことについてリチャード・ファインマンから聞いたいくつかの話を散りばめてみる。それは活発な議論だが、私はどんな振る舞いを見せているだろうか。典型的な物理学者のようなのかもしれないし、そうでないかもしれない(私はオリバー・サックスが話してくれたことを思い出さざるをえない。少しだけ接したロビン・ウィリアムズが、『レナードの朝』のために彼の振る舞いをいかに参考にしたか、それを見た彼がどれほど薄気味悪さを感じたかというものだ。だから、これらの数時間でジェレミーが私から何かを参考にするのだろうかと思っている)。

ジェレミーは、科学が映画のストーリーの横糸にどう関係しているのかや、人間だけでなくエイリアンがさまざまな点で何を感じているはずだろうかと理解したがっている。私は科学において物事を把握するのがどのようなものかということを話そうとしている。その後、少しだがWolfram言語のコードを生で書くのを実際に見せるのが最善の方法であるのに気づく。そして、脚本に書かれている方法が正しいと分かったので、ジェレミーは実際に自身でWolfram言語を使っているのをカメラで撮影されるはずだ(多くの現実の物理学者が言っているように――こう言えて嬉しい)。

クリストファーは彼が映画のために書いたコードの一部と、Dynamic関数で組んだコントロールオブジェクトがどうはたらくかを説明する。次に、コードを理解する方法について説明する。私たちはいくつかの準備をしている。それから、私たちは生でコードを書きはじめる。ここでは、SETIや『コンタクト』(書籍版)などと関連させながら議論してきたπ〔円周率〕の数字に基づいて作成した最初の例を示す。

〔画像リンク〕円周率

エイリアンと何を話すのか

『メッセージ』は、部分的には恒星間航行についての話だ。だがより大きくは、エイリアンが一旦ここに現れたときに、どうやってコミュニケーションをはかるのかという話だ。私は実際に地球外知性についてかなり考えてきた。とはいえ、そのほとんどは『メッセージ』よりも難しいケースだ。それにはエイリアンや宇宙船など出てこなくて、唯一得られるのは、無線伝送されたかぼそいデータの流れだ。そこからは、われわれが常に「知性」の証拠とみなすべきものの存在を知るのさえ困難である(たとえば、複雑になる気象について「心がある」ように思えることがよくあるのを覚えておいてほしい)。

ところが、『メッセージ』にはエイリアンがいる。では、どうやって彼らとコミュニケーションを始めるべきか? 人類の言語や歴史の細かい経緯に依存しない、普遍的なものが必要だ。さて、あなたがエイリアンと一緒にいたとして、指すべき物理的な物体があるとしよう(そう、ここではエイリアンが、物体を単なる連続体ではなく個々に捉えると仮定しているが、これは宇宙船などを持っている時点で実に安全な賭けに思える)。しかし、より抽象的にしたい場合はどうすればよいだろうか?

それについては、いつも数学を使うのだとされている。だが数学は実際に普遍的なのだろうか? 宇宙船を建造する存在は、必ず素数、積分、フーリエ級数について知らないといけないのか? これが人類の技術開発においてなら、理解する必要があるのは確かだ。しかしながら、テクノロジーへと至る他の(そして、たぶんもっと良い)道はないのだろうか? 私はそう思う。

私の意見では、この宇宙の働きに関わりそうな最も一般的な抽象化は、全ての作成可能なプログラムを含む「計算宇宙(computational universe)」を見ることで得られる*6。そこには人類が扱ってきた数学が現れる。そしてそれだけでなく、他の抽象的規則の無限の多様性も現れる。私がしばらく前に気づいたのは、この多くがテクノロジーの誕生と非常に関連していて、実際にとても関わりが大きいということだ。

それでは、作成可能なプログラムの計算宇宙全体を見られたとして、われわれを訪ねにやって来たエイリアンとの抽象的な議論を始めるために、合理的な普遍性として何を選べばよいのか?

個別の物体を指すことができれば、最初は一進法、それから二進法で数について会話し始める可能性がある。これは、私が映画のために作ったWolframノートブックの冒頭だ。言葉とコードは人類が使うものである。エイリアン用には、主要なグラフィックスの「単語帳(フラッシュカード)」があるだけだ。

〔画像リンク〕コミュニケーションの確立

では、基本的な数や、それにたぶんいくつか算数をやったとして、次は何だろう? 興味深いことに、これまで議論したものは、人類の数学の歴史を反映していないことに気づく。どれほど(『易経』のような伝統書にも出てくるように)根本的であっても、二進数はかなり最近になってから、多くの説明が難しい数学的概念が延々と登場したのちに手にしたものだ。

だから人類の数学や科学についての歴史など、つまりは人々に教えられている順序に従う必要はない。しかし、われわれは外部の知識や言葉なしに、直接的に理解できるものを探す必要がある。たとえば考古学的な発掘においては、その背景状況を知らずとも、掘り出すことさえできれば、われわれはその物を認識するだろう。

そして、それは私が数十年にわたり研究していたコンピュータシステムの分野で起こっていて、とてもよく当てはまっていると思うのがセル・オートマトンだ。これは視覚的に示しやすい簡単なルールに基づいている。また、そのルールを繰り返し適用してうごくときに複雑なパターンを生成することもあり、あらゆる種類の興味深いテクノロジーの基盤として使えることが知られている。

〔画像リンク〕セル・オートマトン

セル・オートマトンを見ることで、実際に世界全体を見る視点、すなわち『新しい種類の科学(A New Kind of Science)』――私の本の題名がこれだ――を構築していくことができる。 しかし、人類の科学や数学にある伝統的なアイデアを伝えたいのであればどうだろう? われわれはどうすればよいだろうか?

〔画像リンク〕ピタゴラスの定理

たぶん、2次元の幾何学図形を見せることから始まるだろう。ガウスは1820年頃、地球外の存在から視認できるように、シベリアの森林を切り開いてピタゴラスの定理の標準的な図を描こうと提案した*7

とはいえ、厄介なことになるのは容易に想像できる。われわれはプラトン立体を見せようと考えるかもしれない。そしてそう、3Dプリントが使えるはずだ。だが二次元の透視図法の描画表現は、われわれの特殊な視覚系に関するたくさんの仕組みに依存している。ネットワークはもっとだめだ。節点(ノード)を繋ぐ線が接続を抽象的に表現していることを、どうやって知るというのか?

論理について考えてみると、おそらく論理的に真とされる定理を示そうとするだろう。けれども、どのようにして示すのか? ともかくも、テキストや二分木などといった記号的な表現方法をもっていなければならない。われわれが現在知る計算知識からいえば、論理は一般的な概念を表現するための特段良い全体的な出発点にはならない。だがそれは1950年代には明らかではなかったし、この魅力的な本〔LINCOS〕では、エイリアンとの論理を使ったコミュニケーション方法を全面的に作り上げようとしていた(私の持っている本は『メッセージ』のセットに置かれることとなった)*8

〔画像リンク〕LINCOSの書影

それでは、数そのものについてはどうだろう? 映画『コンタクト』では素数が鍵となる。まあ、素数は人類の数学の歴史では重要だが、現在のテクノロジーには実際あまり使われない。使われているものについては(公開鍵暗号システムのように)、大抵なんとなくたまたまというだけにみえる。

無線信号で素数を使っていれば、最初はよい「知性の証拠」のように思えるかもしれない。もちろん、素数はプログラムから生成できる。実際にはたとえばセル・オートマトンなど、かなり単純なもので生成できる。そして素数列が出てきたとしても、その背後に精巧な文明があるという直接的な証拠にはならない。何らかの形で「自然に生まれた」単純なプログラムから来ているだけかもしれない。

素数は視覚的にやさしく図示できる(たとえば、非自明な〔縦横の辺をなす数がそれぞれ1より大きい〕長方形のかたちに物を並べられない場合〔なら、それは素数の図示となる〕*9)。しかしその先は、直接的に表現できない概念が必要となるようだ*10

〔画像リンク〕パイオニア10号の金属板に記された水素の図

暗黙のうちに、多くの人間がもつ背景をとても簡単に当てはめてしまいがちだ。パイオニア10号はもっとも恒星間宇宙に飛び出している人工物体(現在の距離は約110億マイルアルファ・ケンタウリまでの距離の約0.05%)で、私の好きな例のひとつだ。この宇宙機には、水素の21cmスペクトル線の波長の表現を記した金属板が載っている。それを表現するのであれば一番わかりやすいのは、おそらくちょうど21cmの長さだろう。ただし1972年当時はカール・セーガンらが「より科学的」にすることに決めたので、代わりにスペクトル線を導く量子力学的プロセスの模式図となった。問題なのは、この図が人類の教科書の慣習に依存していることだ。たとえば矢印を使って量子スピンを表現するような書き方は、基本的な概念とはまったく関係なく、科学がわれわれ人間のためにどう発達したかという細かい経緯にとても密接している。

だが、『メッセージ』に戻ろう。「地球での目的は何か?」のような質問をするには、二進数列やセル・オートマトンなどを話すだけではなく、もっと多くのことが必要だ。これは非常に興味深い問題であり、現在世界で大変重要になっていることと奇妙に類似している。それはAIとコミュニケーションをはかって彼らが持つべき目標や目的を定義することだ(特に「人にとって良いもの」を)。

ある意味、AIはいま地球にいるエイリアン知性っぽいと言える。われわれが今までのところ本当に理解している唯一の知性は、人類の知性である。しかし必然的に、われわれが知るあらゆる例は、人類の状態とその歴史の細かい経緯をすべて共有している。では、そのような背景を共有していない知性は何だろうか?

まあ、私がやっている基礎科学から分かったことのひとつは、「知性」と単なる「計算」の間には明確な線引きができないということだ。セル・オートマトンや気象のようなものは、われわれの脳と同じくらい複雑なことをやっている。ただし、たとえ何らかの意味で「思考している」としても、人間のようにしているわけではない。彼らはわれわれの背景や細かい経緯を共有していない。

だが目的のようなものについて「意思疎通」するつもりなら、物事を整理する何らかの方法を見つけないといけない。AIの場合では、われわれ人間にとって重要な概念を表現し、それをAIへ伝える方法である「象徴記述言語(symbolic discourse language)」の作成に私は実際取り組んでいる。近く実用できる応用例として、賢い契約の設定などが考えられる。また、長期的な目標もある。たとえば、AIがどのように行動すべきかについての「憲法」のようなものを定義することだ。

そして、エイリアンとのコミュニケーションにおいては、われわれにとって重要な概念を表現するため共通の「普遍的」言語を構築しなければならない。それは簡単ではないだろう。人間の自然言語は、人類の状態と人類文明の歴史の経緯に基づいている。そして、私の象徴記述言語は、人間にとって重要なことを把握しようとしているだけであり、エイリアンにとって重要ではないかもしれない。

もちろん、『メッセージ』においては、すでにエイリアンがわれわれといくつかのことを共有しているのを知っている。結局のところ、『2001年宇宙の旅』のモノリスのように、その形からでも、われわれはエイリアンの宇宙船を人工物として認識している。それは変わった隕石や何かのようには見えない。それは「意図的に」作られたように見える。

しかし、目的はなんだろうか? そう、目的は抽象的に定義できるものではない。それは、歴史的および文化的枠組み全体に関連づけてのみ定義できるものだ。エイリアンに彼らの目的が何であるかを尋ねるためには、まず彼らにわれわれが営む歴史的・文化的枠組みを理解させる必要がある。

ともかくも、彼らの目標が何なのかをわれわれが問えるようなAIを開発できる日が来るかは疑問だ。いくつかの段階で、残念なことになるように思う。なぜなら前述したように、目的についての意味のある抽象概念を定義することなどできないと考えているからだ。だから、AIが教えてくれる「驚くべきこと」などないだろう。彼らが目的としてみなすものは、その歴史と文脈の細かい経緯を反映したものにすぎないだろう。AIの場合、われわれは究極的な創造主としてかなりの支配権を持っている。

エイリアンにとっては無論、そんなことは別の話だ。でもこれは、『メッセージ』に関連する話の一部ではある。

映画のプロセス

私は大きなプロジェクトをやるのに人生の多くを費やした。そして、いつもあらゆる種類の大きなプロジェクトがどう組織されているのか不思議に思う。映画を見るとき、私はエンドクレジットの終わりまで座っている人々のひとりだ。だから、『メッセージ』では映画にもう少し近づいて制作プロジェクトを見るのがかなり面白かった。

規模に関して、『メッセージ』のような映画制作は、Wolfram言語の主要な新バージョンをリリースするのとほぼ同じ大きさのプロジェクトだ。そして、そこにはいくつかの類似点があることが明らかだ――多くの違いがあるだけでなく。

どちらも、あらゆる種類のアイデアと創造性をはらんでいる。どちらも、さまざまな種類のスキルを集結させる。どちらも、最終的に一貫した製品を作るためには、すべての物事を噛み合わさせる必要がある。

いくつかの点で私は、映画制作者が私たちソフトウェア開発者よりも楽だと思っている。結局のところ、彼らは人々が見るものをひとつ作るだけだ。ソフトウェア(そして特に言語設計)では、さまざまな人々が、限りなく色々な方法で使えるものを作らなければならない。私たちが直接見通せないような使い方も含めて。もちろんソフトウェアでは、徐々に物事を改善した新バージョンを作ることができるが、映画はただ1度しか撮らない。

そして人的資源の面では、ソフトウェアの方が『メッセージ』のような映画よりも楽なやりかたがあるのは間違いない。よく管理されたソフトウェア開発は、やや安定したリズムを持つ傾向があるので、一貫性のあるチームで、一貫した仕事を何年にも渡っておこなえる。『メッセージ』のような映画を作るにあたっては、それまで一度も会ったことのない、すべての段階にそれぞれ関わる人々を、いつも非常に短時間で集める。私にとって、そんな風に働けるのは驚きだ。しかし思うに、今後数年間で映画産業では多くの仕事が十分に標準化され、誰かが1-2週間作業したのち、別の人に引き継げるようになるだろう。

私はこれまでの人生で、数十の重要なソフトウェアの公開を主導してきた。そして、いまではソフトウェア公開が静かで簡単な過程に過ぎないと私が感じているように思われるかもしれない。だが、決してそんなことになりはしない。それはたぶん、私たちがいつも大幅にあたらしく革新的なものを作ろうとしているからだ。もしくは単に、そういったプロジェクトの性質なのかもしれない。だが私は、自分の望む品質レベルでプロジェクトを完了させるには、常に並大抵ではない個人的な強さが必要だと知っている。そう、少なくとも私たちの会社では、いつも大変才能のある人々がプロジェクトに取り組んでいる。なのにどういうわけだか毎回、誰も予測しなかったようなことが起きる。これに対処するには、多くのエネルギーと集中力、推進力のこれらすべてをまとめることが必要だ。

ときどき、この過程は映画制作のようなものかもしれないと思う。実際、たとえばMathematicaの初期には、映画のクレジットによく似た「ソフトウェアクレジット」を出すことさえあったが、寄与した者の肩書はしばしば私がでっちあげねばならなかった(「パッケージ開発リーダー」「式構成設定」「フォントデザインリーダー」など)。 けれども10年ほどのち、異なるバージョンへの寄与がツギハギとなって非常に複雑となったため、ソフトウェアクレジットをあきらめねばならなかった。 それでもしばらくの間は、映画制作のように「打ち上げパーティー」をしようと思っていた。しかしどういうわけか、予定されたパーティーの開催時には何か大変なソフトウェア問題がいつも発生しており、それが未解決なために、中心となって寄与してくれた人々はパーティに来ることができなかった。

ソフトウェア開発(または、少なくとも言語開発)には、映画制作と構造的な類似点もいくつかある。始まりはスクリプト〔設計書・脚本〕からで、これは完成製品をどのようにしたいのかという全体的な仕様だ。そして、実際にそれを作ろうとする。そして必然的に、最後にできたものを見てから、仕様を変更しなければならないことが分かる。『メッセージ』のような映画では、それはポストプロダクションだ。ソフトウェアでは、開発プロセスの反復となる。

脚本と私の提案が、『メッセージ』の制作の中でどのように伝わったのかは興味深かった。少なくとも、私がソフトウェア設計をどのようにして行うのか、多くのことを思い出させてくれた――あらゆることをより単純にしていくのだ。私は、台詞を修正するための細かい提案をした。「君は『失敗した計算』だと(エイミー・アダムスのキャラクターに対して)言ってはだめだ。彼女の手法はむしろ分析的にすぎるほどだよ」「『宇宙船が100万光年を越えて来た』とは言わないように。それだと銀河系の外になってしまう。代わりに『1兆マイル』にしよう」変化が起こっただろう。とはいえ物事はより単純になり、核となるアイデアは最小限のやり方で伝わるだろう。私はすべての段階を見ていない(それは面白いだろうが)。しかしこの結果は、私が何度もやったソフトウェア設計の非常に多くの過程を思い起こさせた。複雑さをなくし、可能な限りすべてを明確かつ最小限にするというものだ。

ホワイトボードを書いてもらえませんか?

私の『メッセージ』への関与は、映画が撮影されていた2015年初夏の時期に集中していた。そして、映画がほぼ1年間「ポストプロダクション中」だったというのは聞いていた。だが今年5月に突然Eメールが届いた。「映画内のホワイトボードに、関連する物理のまとまった内容を至急書いてもらえませんか?」

ホワイトボードの前にエイミー・アダムスがいる場面があるのだが、撮影時のホワイトボードに書き込まれた内容は、基本的な高校レベルの物理学だった。これは、映画内でジェレミー・レナー演ずる登場人物のような人々から期待される最先端の物理学ではなかった。

ちょっと面白いことに、私はこれまでホワイトボードにたくさん書いたことがないと思う。実質的にあらゆる仕事とプレゼンのため30年以上コンピュータを使ってきたが、それ以前の一般的なテクノロジーは黒板とOHPの透明シートだった。それでも、私はきちんと自分のオフィス内にホワイトボードを設置して書くことにした(もはや滅多にやらない手書きだ)。出現したばかりの恒星間宇宙船を理解しようと、優秀な物理学者がおそらく考えるであろうことを私は想像して書くことにした。

これが私の思いついたことだ。ホワイトボードにある大きな空白は、ホワイトボードの前で動いているエイミー・アダムス(そして特に彼女の髪)を合成しやすくするためのものだ(結局、ホワイトボードは完成版の映画のために書き直された。だからここには映画の内容について詳しくは記されていない)。

〔画像リンク〕ホワイトボード

ホワイトボードを書く際に、私はそこを、ジェレミー・レナー演ずる人物やその同僚が、宇宙船に関する注目すべきアイデアやそれらに関連する公式を記録する場所として想像した。しばらくすると、すっかり物理学的事実と推論に満ちた物語となった。

解読したものがこれだ。

〔画像リンク〕ホワイトボードの解読

  1. たぶん宇宙船は、奇妙な(ここでは下手な絵だが)ラトルバックのような形をしている。なぜなら、移動するにつれて回転し、時空に重力波を発生させるから。
  2. たぶん宇宙船の形状は、何らかの形で重力放射のあるパターンの最大強度を生成するように最適化される。
  3. これは、変化する質量分布によって放出される重力放射強度についてのアインシュタインの元の公式Qijは分布の四重極モーメントであり、示した積分で計算される。
  4. これら高次の項は、球面調和関数によって重み付けされた宇宙船の質量密度ρ(Ω)の積分で計算される高次の多重極モーメントに依存する。
  5. 重力波は、4次元テンソルhμνで表される時空構造の摂動につながる。
  6. たぶん宇宙船は、どうにかしてこの重力波の影響により推進し、時空を「泳ぐ」。
  7. 宇宙船の表面の周りには、時空構造に「重力乱流」が発生しており、流体中を移動する物体の周りに見える乱流のようなべき乗則相関がある(あるいは宇宙船がその周りの「時空を沸かす」……)。
  8. これは、固有時τの関数として、スピンテンソル一般相対性理論でどのように発展するかについてのパパペトルー方程式
  9. 物体がどのように(湾曲していることもある)時空内で移動するかを記述する測地線の運動方程式。Γは時空の構造によって決定されるクリストッフェル記号。そしてそう、Wolfram言語の関数「NDSolve」を使って、このような方程式を解くことができる。
  10. アインシュタインの重力場方程式は、移動する質量によって生成される(この場は質量の動きを決定し、それは再び場を変化させるために反応する)。
  11. 別のアイデアとして、宇宙船は何らかの形で負の質量、または少なくとも負の圧力を持っているかもしれない。光子気体の圧力は1/3ρである。ダークエネルギーの最も一般的なモデルでは圧力が-ρとなる。
  12. 完全流体の相対論的計算に現れる質量、圧力、速度の組み合わせを指定するエネルギーモーメント・テンソルの式。
  13. たぶん、宇宙船は時空構造が異なる「泡(バブル)」を表しているのかもしれない(矢印は、すでにホワイトボードに描かれている模式的な宇宙船の形状を指している)。
  14. 空間計量テンソルから計算されるように、宇宙船の形状に関するクリストッフェル記号(「接束上の接続係数」)について特別なものはあるか?
  15. 重力波は、特殊相対性理論がはたらく平坦なミンコフスキー空間から見た、時空の計量に対する摂動として記述できる。
  16. 波の最初の「非線形」効果を考慮した、重力波の伝搬方程式。
  17. 重力子のような、ボース・アインシュタイン粒子の気体中の運動(「輸送」)と衝突を記述する、相対論的ボルツマン方程式
  18. 遠大なアイデア:光子ではなく重力子を使ってレーザーを作る方法があるかも。おそらくそれが宇宙船の仕組み。
  19. レーザーは量子現象だ。これは空洞内の重力子の自己相互作用のファインマン図(光子には、この種の直接的な「非線形」自己相互作用はない)。
  20. どうすれば重力子用の鏡を作れるのか? おそらく、プランクスケールに至るまで慎重に構築された微細構造を持つ「メタマテリアル」を作れるのだろう。
  21. レーザーは無限の数の光子の重ね合わせからなるコヒーレント状態を伴い、これは無限の入れ子にされた生成演算子を、場の量子論の真空に適用することで形成される。
  22. 上のファインマン図に対応した、重力子レーザーに関連する可能性がある、重力子の結合状態(実際に存在するかは不明)のベーテ・サルピータ型の自己無撞着方程式
  23. 量子重力に対する摂動近似における重力子間の基本的な非線形相互作用。
  24. 量子効果からの一般相対性理論のアインシュタイン・ヒルベルト作用に対するありえそうな修正項。

ぎゃー、私にはこの説明それ自体がエイリアンの言語だと思われそうなのがわかる。これでも、実は「全力の物理会話」と比べればかなりぬるいのだ。だが、ホワイトボード上の「物理の物語」を少し説明しよう。

それは宇宙船の明白な特徴から始まる。かなり珍しい、その非対称な形。ある方向に回転させるとその後に方向を変えるコマ、よくあるラトルバックのようにも少し見える。だから私はこう考えた。おそらく宇宙船は回転するのだ。そう、巨大な(非球状の)物体が回転すると重力波が発生する。これは通常、検出するにはあまりに途方もなく弱いのだが、それでも物体が十分に大質量か、または十分に速く回転していれば、相当な程度になる。そして実際に昨年末、30年間の探索の果てに、互いの周りを回って合体した2つのブラックホールからの重力波が検出されたが、これは宇宙全体の3分の1から検出できるほどに強かった(加速された電荷が電磁波を発生させるように、加速された質量は重力波を発生させる)。

では、宇宙船がどうにかして重力波をたくさん生成するほど速く回転しているとしよう。そして、もし何らかの形で(おそらく宇宙船自体の動きを使ってか)、この重力波を小さな領域に閉じ込めることができたとしたら? すると波はそれ自身と干渉するだろう。だがレーザーのように波がコヒーレントに〔位相が揃って〕増幅されたらどうだろうか? そうなれば波はより強くなり、必然的に宇宙船の動きへ大きな影響を与えるようになって、おそらく時空の中を押し進めるようなかたちになる。

しかし、なぜ重力波が増幅されるべきなのか? 光子(「光の粒子」)を使用する通常のレーザーでは、材料にエネルギーを注入することで、常に新しい光子を連続的に作り出す必要がある。光子はいわゆるボース・アインシュタイン粒子(「ボソン」)なので、これはつまりすべて〔の光子〕が同じことをする傾向があり、レーザーの光がコヒーレントな〔位相の揃った〕波として出てくることを意味する(電子はフェルミオンなので、これはつまり〔他の電子と〕同じことを決してしないため、物質を安定化させるのに不可欠なパウリの排他原理などにつながる)。

光の波が光子で構成されていると考えることができるように、重力波は重力子で構成されていると考えられる(ただし公平のために記すが、まだ完全に一致する〔理論内で整合性が取れている〕重力子の理論はない)。光子は相互に直接作用しない。基本的に光子は電子のように電荷を持つものと相互作用するのだが、光子自体は電荷を持たないからだ。一方で、重力子は相互に直接作用する。基本的に重力子はあらゆる種類のエネルギーを持つものと相互作用するうえ、重力子自身がエネルギーを持てるからだ。

この種の非線形相互作用は激しい影響を与えることがある。たとえば、量子色力学(QCD)におけるグルーオンは、陽子のような粒子の内部に永久に閉じ込められ、それらが一緒に「接着(グルー)」された状態に保たれる効果をもたらす非線形の相互作用を持っている。重力子間の非線形相互作用がどうなるのかはまったく明らかではない。ここで考えているアイデアは、重力子間の非線形相互作用が「重力子レーザー」につながるかもしれないというものだ。

ホワイトボードの上部にある数式だが、基本的には重力波の生成と影響に関するものだ。下部は主に重力子とその相互作用に関するものである。上部にある数式は、基本的にすべてアインシュタインの一般相対性理論(物理学で100年間使われている重力理論)と関連している。下部の数式は、重力子とその相互作用に対する古典的および量子的アプローチの混合物だ。これらの図はいわゆるファインマン図であり、波線は時空を伝播する重力子を模式的に表している。

私は「重力子レーザー」が可能かどうか、またはそれがどのように機能するかについては現実的なアイデアを持たない。しかし通常の光子レーザーでは、鏡として作用する壁をもつ何らかの空洞内部を、光子がたえず効率的に反射する。残念なことに、重力場の遮蔽方法が分からないのと同じで、重力子を反射する鏡を作る方法はわからない(ただ、暗黒物質がもし存在したら、それは重力場を遮蔽するようなものとなる*11)。このホワイトボードでは、重力子ミラーになる「メタマテリアル」を作る奇妙な方法が、10-34mの(重力における量子効果が基本的に重要になる)プランクスケールで存在するというのを考えてみた(これとは別に、重力子レーザーは自由電子レーザーのように空洞を必要とせずはたらくという可能性もある)。

ここで思い出してほしい。ホワイトボードのアイデアは、いわば政府の研究所から引き抜かれた典型的な優れた物理学者が、映画内の状況に直面したとき考えるであろうことを想像して書かれたものだ。私が個人的に恒星間宇宙船の作り方について思いついた理論よりも「旧来型」のものとなっている。ただしこれは、私の理論が、物理学のコミュニティ内ではまだ主流になっていない、私の考えている基礎物理のはたらきに依拠しているからだ。

恒星間航行の正しい理論は何だろう? 言うまでもないことだが、私にはわからない。もし映画のために発明した主な理論かホワイトボードに書いた理論のどちらかがそのまま正しいとなったら、私は驚くだろう。しかし誰にも分からない。もちろん、宇宙船に乗ったエイリアンが現れて恒星間航行が可能なことを示してくれたら、非常に有益なのだが……。

地球におけるあなたの目的は何?

エイリアンが地球上に出現した場合、明らかに大きな疑問の1つはこれだろう。「なぜあなたはここにいるのか? 目的は何なのか?」それは『メッセージ』の登場人物がよく話していることだ。そしてクリストファーと私がセットを訪れたとき、私たちはありえそうな回答のリストを作るように頼まれた。それは〔映画内の〕ホワイトボードやクリップボードの内容として使われる。私たちが思いついたのは以下のとおり。

〔画像リンク〕地球におけるあなたの目的は何?

前述のように、目的の概念全体は、文化やその他の背景に結びついているものだ。そして、人類の歴史のさまざまな時代において、このリストにどんな目的が並べられるか考えるのは面白い。将来的に人類やAIがどのような目的を抱くのか想像するのも面白い。おそらく私はかなり悲観的なほうだが、むしろ未来の人類、AI、およびエイリアンにとって、その答えが非常に多くの場合、作成可能な計算宇宙の中にあるものになるだろうと予想している。現在のわれわれは、〔作成可能な計算宇宙の中における〕言葉や概念を持つことにはほど遠い。

そして現在、映画となった……

映画は本当に良い出来となった。初期の反応は素晴らしいように見える……こういったものを見るのは楽しい(そう、これはクリストファーのコードだ)。

『メッセージ』に携わることは面白くて刺激的だった。それにより、私の鑑賞するあらゆる映画の制作に関わるものについて、そして科学と魅力的なフィクションの融合に必要なことについて、私はさらに少し理解を深めた。また、それまで尋ねてきことを超えるような科学的な質問をするようにもなった。そしてそれは私が興味を持つあらゆることに関連しているのだ。

しかしこのすべてに渡り、私は「これがもし現実で、エイリアンが地球に来たらどうなるのか?」と気にせずにはいられない。私は『メッセージ』に関わることで、いささかなりの準備ができたと考えたい。そしてまさに彼らの宇宙船が巨大な黒いラトルバックのようだったなら、私たちはすでに、そのための幾つかの良いWolfram言語のコードを持っているのだが……。

関連リンク

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

*1:ソーン氏は1984年に重力波検出実験のLIGOプロジェクトを結成した中心メンバーのひとり。また、『インターステラー』の企画はソーン氏とその友人の映画プロデューサーによる発案で、初期案ではLIGOが土星近傍に大きな重力波源を発見するという話だった。参考:物理談話会 『インターステラー』 : 大栗博司のブログ

*2:『奇蹟がくれた数式』は映画の企画から完成まで10年間かかっている。参考:TIFF: 'Man Who Knew Infinity' Director Says Film Was "10 Years in the Making" | Hollywood Reporter

*3:映画で「consulting programmer」としてクレジットされているクリストファー氏だが、どうやら当時15-16歳くらいだったと思われる。参考:Christopher Wolfram | LinkedIn

*4:Wolfram言語には、コードやテキスト、数式、表、画像、アニメーションなどを混在させて表示できる「ノートブック」というドキュメント処理機能が組み込まれている。参考:ノートブックの基本—Wolfram言語ドキュメント

*5:レーザー推進で数千個もの超小型探査機をアルファ・ケンタウリまで送り込む計画が2016年に発表されている。参考:ブレークスルー・スターショット - Wikipedia

*6:全ての作成可能なプログラムの集合を「計算宇宙」と呼んでいるらしい。参考:Wolfram Science:計算宇宙を使って新しい種類のテクノロジーを生み出す

*7:ちなみに、ガウスがこの提案をしたという根拠は怪しいらしい。参考:Gauss's Pythagorean right triangle proposal - Wikipedia

*8:LINCOSは地球外知的生命に理解しやすいよう設計された人工言語で、1960年に提唱された。参考:Lincos - Wikipedia

*9:数学における自明性というもので、非自明、つまりここでは縦横の辺をなす数がそれぞれ1より大きければ、長方形の辺をなす数が約数になるので素数とはならない。参考:素数とは

*10:おそらく素数について、ただ数を列挙する以上のこと(たとえば定理など)を表現しようとすると図示するのが難しくなるということだと思われる。

*11:暗黒物質は光と反応しないことを除けばただの物質なので、普通の物質が重力場を遮蔽しないのに暗黒物質なら遮蔽するというのは考えにくく、この記述はおかしい。標準的ではない暗黒物質の理論が念頭にあるのかもしれない。

「プラネテス テクニカルファイル」リスト

アニメ『プラネテス』のコンセプトデザイン・設定考証を担当した小倉信也氏が、作中世界の設定解説をした「ΠΛΑΝΗΤΕΣ TECHNICAL FILE(プラネテス テクニカルファイル)」という月刊モデルグラフィックス誌の連載記事がある。

同誌には、情報・コラム・ニュース等のページをまとめている「MG Mega Mix(エムジーメガミックス)」欄があり、そこで2004年6月号(No.235)~2005年2月号(No.243)まで、全9回連載された。基本は見開きの2ページ構成だが、初回のみ1ページ。

  • 「Vol.1:DS12トイボックス編・1」2004年6月号(No.235)p.43
  • 「Vol.2:DS12トイボックス編・2」2004年7月号(No.236)pp.42-43
  • 「Vol.3:宇宙服編」2004年8月号(No.237)pp.42-43
  • 「Vol.4:フィッシュボーン」2004年9月号(No.238)pp.40-41
  • 「Vol.5:DS12TOYBOX2編・1」2004年10月号(No.239)pp.50-51
  • 「Vol.6:DS12TOYBOX2編・2」2004年11月号(No.240)pp.46-47
  • 「Vol.7:フォン・ブラウン号編・1」2004年12月号(No.241)pp.50-51
  • 「Vol.8:フォン・ブラウン号・2&月開発」2005年1月号(No.242)pp.54-55
  • 「最終回:軌道宇宙港・ISPV-7編」2005年2月号(No.243)pp.42-43

最近自炊したのでついでに掲載情報をまとめてみた。誌面を小さく紹介するとこんな感じ。内容は宇宙SFを考える際の参考資料としても十分使える。

なお、上記の連載とは無関係だが、同誌2004年2月号(No.231)には5ページに渡ってDS-12トイボックスの模型作例(二宮茂幸・1/200フルスクラッチビルド)が、2004年5月号(No.234)にはフィッシュボーン(1/48フルスクラッチビルド)が掲載されているらしい(両方とも未読)。

その他

アニメ版『プラネテス』の設定周りについては、今でも公式サイトが残されているので、そこで公開されている設定資料や小倉氏のインタビュー等が閲覧できる。

あとは以下のアニメ雑誌記事と、コミックスサイズのムック本『ふたごのプラネテス』にも多少掲載されている。ニュータイプの記事は小倉氏らのコメント付き。

こちらでは『EMOTION the Best プラネテス DVD-BOX』発売記念としてネットラジオ『そこ☆あに』にて特集された回のアーカイブを聴くことができる(2012年3月25日)。

以下は2012年8月のアニマックス再放送時における小倉氏の実況解説。


ふたごのプラネテス (モーニングKCピース)

ふたごのプラネテス (モーニングKCピース)

プラッツ 1/500 X-7 プラネテス プラモデル

プラッツ 1/500 X-7 プラネテス プラモデル

『本の雑誌』「世界の魔窟から」リスト

写真とイラストでさまざまな「魔窟」を紹介していた不定期連載(?)企画。全6回+α。

  • 第1回 日下三蔵邸・書庫編(2008年7月号/301号 pp.108-111)
  • 第2回 日下三蔵邸・自宅編(2008年8月号/302号 pp.84-87)
    • ミステリ書評家が原稿を執筆する姿勢を問われる時!の巻
  • 第3回 細谷正充邸(2008年10月号/304号 pp.24-28)
    • 四十過ぎたら“魔窟”じゃダメでしょ。勝ち組書評家に訊く蔵書整理の秘訣!
  • 第4回 小飼弾氏の本棚(2009年3月号/309号 pp.22-25)
    • タワーマンション最上階リビングの壁一面を本棚にした男
  • 第5回 桜庭一樹氏の本棚(2009年4月号/310号 pp.16-19)
  • 第6回 山本弘の仕事部屋(2010年3月号/321号 pp.66-69)
    • 論理の隙間には付箋、本棚の隙間には怪獣とロボと美少女だ!
  • 特集=世界の魔窟からスペシャル(2010年10月号/328号 pp.4-23)
    • 杉作さんちに遊びに行こう!(杉作J太郎邸)
    • 魔窟脱出への道(魔窟の解消法=荻原魚雷/バベルの図書館への道=円城塔
    • 魔窟三態(機能性魔窟――神谷竜介/床板に忍び寄る危機――林カケ子/九十九・九九平米の楽園――松坂健)
    • 我が家の魔窟自慢!

山本弘氏の回では、『地球移動作戦』執筆のため地球を動かす物理計算を記したノートが紹介されているのが興味深かったが、誌面に掲載された写真は不鮮明なのが残念。なお、このときの科学設定の苦労については、当時の野尻ボードで多少うかがうことができる(その後に小飼弾氏の番組内で、さすがに面倒なので月を動かす計算までは省略したとの発言があった)。

本の雑誌』なので書斎紹介記事はこの他にも色々とあると思うのだが、とりあえず知っているものだけ以下にまとめておく。

  • 特集=絶景書斎を巡る旅!(2014年7月号/373号 pp.1-31)
  • 特集=本を処分する100の方法!(2015年3月号/381号 pp.12-38)
    • 特集内記事「おじさん三人組、日下三蔵邸に行く!」が白眉。この号は巻頭グラビア記事「本棚が見たい!」でも日下三蔵氏の書斎(あれを書斎と呼べるのならばだが)がカラーで紹介されている。
  • 北原尚彦「魔窟のベスト10 分け入っても分け入っても本の山」(2016年10月号/400号 pp.22-23)
    • 「特集=400号スペシャル なんでもベスト10!」内の記事。この号の巻頭には鏡明氏の書斎が紹介されており、そちらも圧巻。

喜国雅彦〈本棚探偵〉シリーズを読んだ際にも思ったことだが、なんといっても日下三蔵邸のイカレ具合が凄まじい。

本棚探偵の回想 (双葉文庫)

本棚探偵の回想 (双葉文庫)

LightWave 上で距離を測る

Modeler

巻尺ツール

標準搭載機能。[詳細]タブ>[計測]>巻尺 (Measure) ツール(ショートカット【Ctrl+E】)。


2P Info

外部プラグイン。2ポイント間について、3次元空間上における直線距離、各平面上に投影した場合の直線距離、各座標軸に対しての角度、各平面に対しての角度といった情報の表示や、対象ポイントの移動もできる。

Mezure

外部プラグイン。選択した2ポイント間の直線距離を表示したり、選択した3ポイントの成す角度を表示する。


Layout

Distance

選択した2アイテム(オブジェクト、カメラ、ライト)間の距離を測定する外部プラグイン(LScript)。スクリプトの書かれたページをそのままテキスト形式で保存し、拡張子を「.ls」にする。あとはそれをプラグインとして LightWave に登録して実行。

DistInfo

選択したアイテム間の距離を測定して表示する外部プラグイン。測定だけでなく、ビューに表示してくれるというのがとてもよさそうなのだが、32bit版でしか使えず、64bit版がないので残念。


なお、カメラ-オブジェクト間の距離測定だけなら[オブジェクトのアイテムプロパティ]>[ジオメトリ]>[カスタムオブジェクト追加]より[Range Finder]を使えばよいらしい。他にはnullオブジェクトを使えという話もあった。

LightWave で歯車を作る

モデリング

それっぽい形状でよければ[歯車]ツールを使えば楽に作成できる。

以下は LightWave ではなく Cinema4D の例だが、歯の数から直径を求める方法などが参考になる。

真面目に歯車を考えるなら基本事項だけでも抑えておきたい。

歯車 (JMブックスシリーズ)

歯車 (JMブックスシリーズ)

動かす

エクスプレッション(Expression)を使う

以下の書籍でも解説されているらしい。

LightWave6.5MAGIC

LightWave6.5MAGIC

キュリオシティのレーザー分光カメラについて

https://twitter.com/MarsCuriosity/status/264011263640752131

以前少し調べた、マーズ・サイエンス・ラボラトリー (MSL) の火星探査車キュリオシティに搭載されたレーザー分光カメラ (ChemCam) についてのメモ。

ChemCam は対象にレーザーを照射して発生したプラズマのスペクトルを観測する機器。

Photo of the Week: Laser Beats Rock

Photo of the Week: Laser Beats Rock | Flickr

以下はモニター画面。レティクル(照準線)が格好いい。

ChemCam for Mars Science Laboratory rover, undergoing pre-flight testing - YouTube

火星は地球に比べて大気圧が大変低いため、プラズマが地球上よりも大きく広がる。以下は左が地球、右が火星地表の気圧(地球の約100分の1)にした中で照射プラズマを発生させた実験画像だが、こうして比較して見ると面白い。各画像(75mm四方)の左から右へとレーザーが照射されている。

PIA16088: Laser Plasmas on Earth and Mars

PIA16088: Laser Plasmas on Earth and Mars

以下は観測部分の図解。直径10cm程度のカセグレン式望遠鏡で焦点を合わせ、プラズマの光(スペクトル)を観測する。

ChemCam on the Next NASA Mission to Mars (MSL-2011): Measured Performances of the High Power LIBS Laser Beam (2010)

こちらは火星で取得されたスペクトルデータの例。このときは10万回目のレーザー照射だったらしい。

PIA17592-MarsCuriosityRover-IthacaRock-Spectrum-20131030

File:PIA17592-MarsCuriosityRover-IthacaRock-Spectrum-20131030.jpg - Wikimedia Commons

3D近距離恒星図:光世紀の世界を立体的に見る

宇宙SFファンにはよく知られているが、「光世紀世界」という概念がある。われわれの太陽を中心とする半径50光年の宇宙空間のことで、その直径は100光年つまり1光世紀となる。谷甲州航空宇宙軍史〉に出てくる「汎銀河世界」の基となっている概念でもある。

さて、提唱者でもある石原藤夫氏の『光世紀の世界』とそれを基にした『《光世紀世界》への招待』『《光世紀世界》の歩き方』が出版されているので、必要なデータ(星表)はすでに世に出回っている。ならばWebで3Dの近距離恒星図を公開している方がいてもおかしくないはず――ということで探してみたが、結果として満足できずに自作することとなったので、その顛末をまとめた。さらに、利用した座標データのファイルを配布する。

Webで探した星図

近距離の恒星立体マップ

まず、水城徹氏のサイト『航天機構』で「近距離の恒星立体マップ」がVRML形式で公開されているのを見つけたが、収録恒星数は40個強と少ない。なお、データ元は石原氏の著作ではない模様。

VRMLは以下のソフトで見ることができる。

《光世紀世界》交易の図

また、以下のサイトには Java Applet で閲覧できる3D図がある。Chrome では Java Applet をサポートしなくなったので、標準だと閲覧できない。

Stars within 50 light years

そしてこちらは海外サイトだが、肉眼で見える133の星が描かれた図とそのリスト。残念ながら図は2次元である。こちらの記述によると、半径50光年の領域には実際は2000の星からなる1400の星系が存在するため、ここに描かれているのは全体の一割ほどの最も明るい星々でしかなく、それ以外のほとんどは矮星とのこと。

Table of trip time for the 50 nearest stars

ニュートン力学と相対論のそれぞれによる近距離星(50個超)への所要時間をまとめているサイト(仏語)。

Nearby Star Map

半径約50光年の星図を公開しているサイト。

100,000 Stars

太陽近傍の星10万個以上をプロットして視覚化。最大で天の川銀河を俯瞰できる。太陽近傍だけ星が密集しているように見えるのは、そこしか観測データがないから。非常に素晴らしいが、科学的な精度は無保証とのこと。Chrome 以外のブラウザでは閲覧できないかも。

Near Star Map

Android 用の近距離恒星アプリもあった。

結局自分の思うようなものがなかったので、3DCGソフトも少しは扱えるようになったことだし、自作できないものかと考えた。

Webで探したデータ

まずはデータをどうするか。すぐに出てくる以下のページには非常に簡素なリストしかないので、あまり使えない。

探してみると以下のサイトで海外のSF・TRPGファンの方が、近年の情報で更新した近距離星のデータセットを色々と公開していた。やはり同じようなことを考える人はいるものである。このサイトでは『AstroSynthesis』という3D宇宙地図ソフトでの利用方法を紹介している。

光世紀星表からの自作

ここまで探したところで、やはり石原氏の「光世紀星表」を利用して自作しようと決めた。しかし最大の問題は、光世紀星表のデータをテキスト化することから始めねばならない点。『《光世紀世界》への招待』はもちろん、オリジナルの『光世紀の世界』も所有しているので星表は手元にあってすぐ参照できるのだが、それぞれ1部ずつしかないので裁断してスキャンしたくはない。かといって、もう1部買うのも絶版となっている現在では古書価が高くて困る。

昔はフロッピーディスク版『光世紀の世界』が石原氏の主催するSF資料研究会から頒布されていたようなので、これがあればおそらく楽なのだろうが、すでに入手困難である。自分で星表の数値を打ち込まねばならない。

結局裁断せずにスキャンしたが、OCRではうまく読み取れず。仕方がないのでモニタ上で横に並べたスキャン画像を見つつ、総数800強の恒星座標値を表計算ソフト(Excel)に手打ちした。年明けから隙間の時間に作業を進めていたら、半年もかかってしまった……。光世紀星表にはさまざまなデータが掲載されているが、今回必要なのは「銀河デカルト座標」のデータのみなので、それ以外はほとんど入力していない。

銀河デカルト座標は直行座標系(XYZ)なので、これさえあれば銀河座標系を直行座標系に変換などといった面倒な手順は不要だ。

ちなみに銀河デカルト座標は以下のように定義されている。算出する手順も引用しておく。

  • x軸:太陽系を原点とし銀河中心の向きを正とする〔光年〕
  • y軸:太陽系を原点とし銀河回転の向きを正とする〔光年〕
  • z軸:太陽系を原点とし銀河北方の向きを正とする〔光年〕

順序としては,赤道座標である赤経赤緯を,まず天球面上での銀河座標である銀経銀緯に直し,それと光年で測った太陽系からの距離とを合わせることによって,xyzで表現される3次元銀河デカルト座標を得るのである.

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』pp. 57-58, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

なお、何をもって「北」とするのかだが、「そこにいる人にとって銀河の回転が時計の針の回転と同じ向きに見えるような位置」が「銀河の北方」であるとされている(『《光世紀世界》への招待』p. 15)。上に引用したように銀河座標系から変換しているので、これは銀河座標系における「銀河北極」と同じものだろう。

光世紀世界をイメージする助けとなるように、『《光世紀世界》への招待』より2つの図を引用しておく。まずは銀河北方より見下ろした際の位置関係を示す模式図。

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』p. 16, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

そして各座標の定義である(ここでは銀河座標の銀経・銀緯は使用しないので無視してよい)。

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』p. 17, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

入力が済んだらそのデータにミスがないか、プリントアウトして突き合わせチェック。案の定ぼろぼろ出てくるので、修正して再度チェックし、また修正。最後に (x,y,z) の数値部分だけを抜き出してCSV形式にする。


右手系と左手系の罠

ここで、3Dソフトで使用されている座標系と光世紀星表で使われている座標系が異なっていることに気づいた。光世紀星表の銀河デカルト座標右手系を採用している。一方、自分の使っている3Dソフト LightWave は左手座標系を採用している。位置座標なので、そのまま入力してしまうとxとyは大丈夫だが、z値の符号(+と-)が逆になってしまう。

参考として、採用している左右の座標系別にした主要3Dソフトの分類を以下に示す(y-upとz-upは分けていない)。

  • 右手座標系:Maya / 3ds Max / Blender / Shade / Houdini / Softimage / modo / Rhinoceros
  • 左手座標系:LightWave / Cinema 4D / Unity

ということで、左手座標系ソフトで星表データを利用するため、表計算ソフトでz値が入る列(3列目)全体に -1 を掛けて符号を反転させてから保存する。

もちろん右手系のソフトであればこの手順が不要なので、そのままのデータを流し込める。

3Dソフトへの入力

ここでは LightWave を利用。Modeler プラグインImport CSV XYZ」を使用して (x,y,z) の3列あるCSVファイルを読み込むと、各座標に点(ポイント)が生成される。このとき、数値の単位はメートルとして読み込まれるので注意。星表にある座標の単位は[光年]なので、この場合ソフト上では1m=1光年換算となる。

この点群の位置に大きさのある星を置くため、まず星となる球を作成する。ここでは直径10cmの球にしてみる。1m=1光年なので直径0.1光年というありえない大きさの星になるわけだが、実際の縮尺で作ると非常に小さくなってしまうのでその点は無視する。

球をFGレイヤー、点群をBGレイヤーにして、[マルチ加工]>[複製]>[ポイント複製プラス]を起動しそのまま[OK]を押す。ポイントのある位置に球が複製される。

最後にカメラを任意の場所に配置、レンダリングして終了。

ちなみにこの出力画は以下のようになっている。矢印の向きが各軸の正の向きである。z軸の矢印はソフト内の軸に合わせずその逆にしているので、右手系の光世紀星図と同じになっているはず。

これで自由自在に視点を動かして光世紀世界の中を覗くことができるようになった。やろうと思えばアニメーションも可能だ。素晴らしい。学術的に裏付けのある星の配置なので、SFなどで太陽系周辺の星図などを出したい場合は役に立つこと間違いなしである。

ただし学術的なカタログをベースにしているとはいえ、実際の距離との誤差がある点に注意。石原氏も「光世紀星図でいちばん問題なのは視線方向の距離で、これはたぶん何光年もの誤差があると思います」とインタビューで語っている。

ここからさらにそれぞれの星に名称を表示できるようになれば最高なのだが(こんな感じに)、今の自分にはここまでで精一杯。もしかしたら3Dソフトのスクリプトを作れば何とかなるのかもしれないが、そこまでの技術はないので。

データの古さについて

最初のカタログ『光世紀の世界』が出たのは1984年、基になっているデータは1970年代のものである。1994年に出た『《光世紀世界》への招待』ではその後新たに発見された星のデータが追加されているとはいえ、さすがに現時点から見るとやや古くなってしまっている。本来は更新するべきなのだが、それには最新の星表を探して追加された星や更新されたデータをチェックするというかなりの作業が必要となるため、今回はできていない。

なお、光世紀星表自体は多くの星表を基礎にして作成されているが、なかでも主として以下のカタログを参照しているらしい(日本語表記は『《光世紀世界》への招待』に準拠)。

グリーゼの近距離恒星カタログも更新されているし、近年はさらにヒッパルコス星表もあるので、利用できそうなデータは公表されている。現在進行中の「ガイア」ミッションというものもある。まあできたらそのうち反映したいものだが。……誰かやりたい人いませんかね。

追記

以下はこの記事が出た後にチェックされた方によるツイートだが、やはりLCC(光世紀星表)にはデータの古さに起因する間違いがあるらしい。更新すべきだよなぁ……(と思っていたらなんと更新版の星表を公開して頂いた。詳しくは後述)。

CNS3というのはグリーゼの近距離恒星カタログ (Catalogue of Nearby Stars) 第3版の略称。SIMBADはフランスのストラスブール天文データセンターが運営しているオンラインの太陽系外天体目録データベースのこと。


系外惑星の紐付け

また、系外惑星が発見されている恒星(系)についても、以下のような提供サイトからデータを反映させることができればよいのだが、これらも今後の課題だろう。……誰かやりたい人いませんかね。

付記

ところで、裳華房〈光世紀〉シリーズの3巻目(仮題『《光世紀世界》の観光案内』)は著者の石原氏によると「出ないだろう」とのことで、大変に残念。基となった私家版『光世紀の世界』は現在もWebで探すとたまに古書として出ているのが確認できるので、欲しい方は見つけたら機会を逃さず購入しておくとよいだろう。一部の図書館でも所蔵しているようだ

光世紀星表は発表以来、いくつかのSF作品で設定構築用の資料として活用されている。最近の作品では、TVアニメ『翠星のガルガンティア』第4話の以下のカットにおける制作資料として利用されているのが知られている。

翠星のガルガンティア』第4話「追憶の笛」より

ここを手がけた設定考証スタッフの小倉信也氏は以前石原氏の依頼で、レーザーカットのアクリルと豆電球を使い光世紀星図の立体模型「光世紀星儀」の大型版を作成した方でもある。

なお、光世紀星儀は1983年に「宇宙儀」という名称で特許出願され、1985年に公開されている(特開昭60-041082)。特許情報プラットフォームのサイトにある特許・実用新案番号照会ページの「公開・公表特許公報(A)」から「1985-041082」を検索すると閲覧でき、PDFでダウンロードもできる。

石原藤夫, 倉田正也, 花田真. 宇宙儀. 特開昭60-041082. 1985-03-04.

データ配布

石原藤夫氏ご本人より「大いに広めて下さい」と許可をいただけたので、作成した座標データファイルを以下のリンクより配布します。

内訳は以下。

  • LCC.xlsx
    • 光世紀カタログ番号、連星表示、代表的名称、銀河デカルト座標のデータが入力されたXLSXファイル。要するにこれ
  • LCC.xls
    • 上のファイルをXLSファイル(Excelの旧ファイル形式)として保存したもの。
  • LCC.csv
    • 同じく、CSVファイルとして保存したもの。Excel以外の表計算ソフトでも使える。ただし、CSVにしたために上記2つのファイルと内容は同じだが、数値の書式設定が削除されている。例えば本来のカタログ番号は「0010」などと4桁表記だが、これが「10」というように手前のゼロが消えていたりする。
  • LCC_for_Lefthanded_System.csv
    • 左手座標系用に、zの符号を反転させた銀河デカルト座標 (x,y,z) の数値のみが入力されたCSVファイル。要するにこれ。前述した左手座標系の3DCGソフトへ読み込ませるために作成したもの。
  • readme.txt
    • 説明書き。

用途を問わず、商用・非商用問わず自由に使用できます。

入力したデータはひと通りチェックしましたが、ミスを見つけた場合は教えて下さい。すみやかに訂正します。

データを訂正した場合などに不都合となるので、再配布については控えていただきたいのですが、このデータを基に新たなデータを追加・更新したものを作成して配布したいという場合は連絡を下されば対応します。

このデータを使用して起きた不具合等については一切の責任を負いません。

不明な点がありましたら直接問い合わせをお願いします。

また、数値データではなくすでに配置された3Dオブジェクト自体が欲しいという方は、個別に連絡を頂ければ検討します。

追記:補完データとそして驚異の更新版カタログデータ

この記事を出した直後、なんと赤経赤緯、年周視差、スペクトル型など、こちらが入力していない「光世紀星表」項目について、1988年ごろに入力していたものを持っているという方から連絡を頂いた。以下のページで公開していただいたので、CSVファイルが入手できる。こちらのデータと簡単に合体させられる。

……などと思っていたら、続けて同じ方が着々と光世紀星表のデータを最新のものへ更新・公開してくれた。光世紀世界の半径も50光年から100光年まで拡大されている。2016年9月には前述した位置天文学衛星「ガイア」の最初のデータがESA欧州宇宙機関)から公開されたのだが、早速それも取り込んでくれている。直交座標値も入っているため、3Dソフトへ持ち込むのも簡単だ。現時点での最新版光世紀カタログといえるだろう。素晴らしすぎる。利用する方はぜひこちらを!

ちなみにUTF-8で保存されたCSVファイルをExcelで開くとShift_JISとして開くため、文字化けする。Excel利用者はShift_JIS版を選ぶこと。

参考

光世紀パトロール (徳間文庫)

光世紀パトロール (徳間文庫)



最終更新日:2016-10-09