ハル・クレメント『テネブラ救援隊』の惑星設定

はじめに

ハル・クレメント(Hal Clement)の『テネブラ救援隊Close to Critical(吉田誠一=訳, 創元推理文庫)を読んだ。惑星メスクリンで有名な『重力の使命』Mission of Gravity(別邦題『重力への挑戦』)と同じ宇宙の話なのだが、復刊されていないこともあり、あまりこちらの作品の舞台となる惑星テネブラ(Tenebra)について書いている人がいないので、自分用の確認を兼ねたメモとして残しておく。なお、ネタバレには全く配慮していないので注意。古典だからというのもあるが、本作品のネタはこの惑星世界そのものだろうという考えから。

まずは『創元SF文庫総解説』から本作のあらすじを以下に。

気温三七〇度、八〇〇気圧、重力は三G、硫化物の混じった大気に覆われ、硫酸の海が広がる惑星テネブラ。そこには八本足で鱗のある、卵生の知的生命が棲息していた。地球人がテネブラにロボットを送り込んで「原住民」を教育し、地表の探検や研究調査を始めてから十数年後、地球人少女とドロム人外交官の息子が乗った着陸船が惑星に不時着し、軌道上の人々は、地表のテネブラ人たちと協力して子供たちの救出を試みる。

風野春樹, 「テネブラ救援隊」解説, 東京創元社編集部=編『創元SF文庫総解説』, 東京創元社, 2023, p. 56.

本作の惑星設定について言及している人が少ないのは、作品を読んでもこの特異な惑星環境についての丁寧かつ明確な解説がそれほどなされていないというのが理由のひとつだろう。代表作『重力の使命』の場合はハヤカワ文庫版の巻末に附録エッセイ「メスクリン創成記」*1が付いており、著者自身によって惑星設定が詳しく披露されているが(創元SF文庫版『重力への挑戦』には収録されていないので注意)、本作『テネブラ救援隊』ではそういった別建ての解説がない。すべて作中の地の文とキャラ視点の会話で済まされており、読者を信頼しているとも言えるが、反面やや分かりづらくなっているのも事実だ。

自分も一読しただけだと惑星環境の描写がなぜこうなっているのか半端な理解しかできなかったので、色々と調べつつ読み返してまとめていった結果がこの記事である。ちなみにこの作品が米国でAstounding Science Fiction誌に連載されていたのは1958年(1958年5月号~1958年7月号の全3回)、書籍化されたのは1964年、邦訳版が出たのは1970年である。

惑星テネブラ

牽牛星、つまり恒星アルタイルを周回する惑星テネブラ。直径は地球の3倍近くあり*2、地表重力は地球の3倍*3*4。自転周期は地球時間で約4日(だから昼と夜がそれぞれ約2日=48時間となる)*5。地表は気温370℃で大気圧が約800気圧*6*7*8。大気は酸素と硫黄酸化物を多く含んだ水からなっている*9

臨界する世界

特徴的なのはこの大気で、地表温度が370℃と水の臨界温度に近い*10。つまり大気を構成する水が昼にあたたまってこの温度より上がると気体(というか超臨界状態という液体と気体の区別がつかない、いわば高密度ガス状態)となり、夜に冷えてこの温度より下がると液体となるわけである。なお、水の臨界点は374℃かつ22 MPa(メガパスカル)なので、大気圧800気圧(81.06 MPa)であれば臨界圧力は常に超えている状態だ。以下の相図を見ると分かりやすい。原題のClose to Criticalはこの「臨界に近い」という意味と「危機が迫る」という意味を掛けたもの。

水の状態図

すじにくシチュー, CC0, via Wikimedia Commons

だからこの惑星では夜になると、上層で熱が放射されて冷えた大気中の水が凝縮して液体となり、幅が9-15 m程度*11*12*13もある巨大な「雨粒」となってゆっくりと地表に落ちてくる。大粒なものはもっと大きいようだ*14。地表重力が3Gあるものの、この圧力で臨界温度付近だと周囲の大気との密度差があまりないので、雨粒はシャボン玉のようにゆっくりと落ちる。惑星上では風がほとんどないので*15、まっすぐに落ちてくる。この仕組みは以下のように説明されている。

「気圧がとても高いので、大気が標準的な気体の法則に従わないんですよ」と、レイカーは答えた――彼は物理学者ではなかったが、この十数年間、そのような質問には何度も答えなければならなかったのだ――「気温が少しばかり変化しても、容積はごくわずかしか変化しないし、したがって比重もあまり変わらないし、気圧もあまり変わらない。気圧がほとんど変化しないということは、風がほとんどないということなんだよ。気体から液体に変化しても、比重がほとんど変わらないために、大きな雨滴がしゃぼん玉のように漂うんだよ、重力が大きいのにね」(p. 172)

ちなみに800気圧というのは地球だと水深8,000 mの超深海における水圧と同等である。調べると日本海溝の深いあたりが当てはまる。では800気圧(81.06 MPa)かつ380℃(昼間の超臨界状態を想定)で水の密度はどうなるのかと調べたら、日本機械学会が提供している「蒸気表」という計算フォームを知ったので値を入れてみた。「計算メニュー」は「p, T→全域」でよい*16。密度は比体積の逆数なので、出た比体積の結果「0.0014390」で1を割ると694.9 kg/m3となった。この気圧で370-380℃だとだいたい700 kg/m3になるらしい。なお、地球では大気密度が標準状態で1.29 kg/m3(ついでに水の密度は約1,000 kg/m3)である。つまりテネブラ地表の大気密度は地球大気の550倍くらいある。そこから単純に考えると住民は移動する際に「歩く」というよりむしろ「泳ぐ」という感じになりそうな気がするが、あいにく作中にそういった記述はない。ちなみに音速も計算されるが1,057 m/sだった。テネブラ地表は地球表面よりも大気中の音が3倍ほど速い。

臨界点では気化熱がゼロとなる。地球上だと液体が蒸発するためには熱(気化熱)が必要だが、臨界付近となるテネブラ地表では水の気化熱がゼロに近く、気化するのにエネルギーがほぼ不要となるので、液体の水は蒸発しやすい。逆に液化するとき放出する熱(凝縮熱)もゼロに近くなるはず。

それと「液体であろうと気体であろうと、船を動かすんじゃありませんかな。比重の違いは問題にならんでしょう」という台詞に対して「粘着性の違いが問題なんですよ」というやり取りがあるが(p. 222)、この「粘着性」は原文だと「viscosity」なので粘度のこと。超臨界水の密度は液体に近いが、粘度は小さくて気体に近い。液体の水のほうが気体(超臨界状態)の水よりも粘度が大きいので、よりモノを動かすということだと思う。

以下は雑誌連載第2回のときの挿絵だが、テネブラ地表の雰囲気をよく伝えている。連載時はH・R・ヴァン・ドンゲン(H. R. Van Dongen)が挿絵を担当した。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, June 1958, pp. 94-95.

一番気になるのは、なぜここまで大きな雨粒になるのかという点。おそらく上空で雨粒が成長しても大気密度が大きいのでなかなか落ちてこれず、ようやく落ちてくる時には相当大きなサイズになっているということと、落ちる速度があまりにもゆっくりなので落下の途中で分裂しないということなのだと思うのだが、クレメントは直径9-15 mというこの値をどうやって出したのだろうか。

酸の世界

テネブラ上の湖や小さな海は硫酸で満たされている(おそらく大気にも大量に硫黄酸化物が含まれていると思われる)。毎晩激しい降雨があるのと、液体の水が蒸発しやすいため、昼夜の周期に伴って湖や海は満ち引きをする。天体の引力による満ち引きではないというのが面白い。高温高圧の硫酸の絶え間ない満ち引きによって地殻が弱まり、頻繁に地震や地形変化が生じている。作中では以下のように説明されている。

「テネブラというのは、一風変わった惑星なんですよ。地球上で天候が変わるみたいに、地殻変動が起こるんです。問題は、あした雨が降るかどうかということではなくて、草原が隆起して丘に変化しはじめるかどうかということなんです。(略)あそこを取り巻いている大気は主として臨界点に近い水で、そうした環境では、珪酸塩岩はかなり急速に分解してしまう。毎晩、地表が冷えて、大気が少しずつ液化するので、地球時間に換算して二日間の大半にわたって、地殻が大きな氷砂糖の山のようになって海に流れこむ。地球の三倍もの重力がはたらいているので、地殻がたえず調整をくりかえしているのも不思議はありません。(p. 47)

テネブラの海は、海といっても地球のような広大なものではなく、あるのは実質的に中くらいの大きさの湖で、その湖床も地殻変動のために長期間変わらずにいることはない。そのため一日の平均降雨量に比べて海の占める面積が小さいので、海岸付近では毎晩の雨による海面上昇が問題となる*17*18

また、海や湖の主成分は水ではなく硫酸なので*19、夜に水の雨が降ると反応熱が生じる。落ちた雨滴は海面や湖面をあたため、その熱のため次に落ちてくる雨滴は海面より高い位置で気化して消えてしまう*20。夜が更けてくるにつれて降り続く雨で海面や湖面全体がどんどんあたためられ、雨滴はその表面に達する前にほぼすべてが気化してしまう*21。海が生み出す熱のために海岸付近の陸地もあたためられ、その地面を打った雨滴はすぐさま消えてしまう*22

なお、海や湖と大気との界面は音波をほぼ完全にはね返すほどはっきりしているらしく*23、これは両者の固有音響インピーダンス(媒質の密度ρ\times媒質中の音速c)の差がそれなりに大きいということだと思われる。調べると硫酸の密度は標準大気圧下で約1,830 kg/m3だが、800気圧370-380℃でどうなるかは知らない。

作品の冒頭でも描写されているが、このようなテネブラの環境はきわめて腐食性が高い。超臨界水は強力な酸化力をもち、腐食しにくいといわれている貴金属までもが腐食する。硫黄化合物も腐食性が高い。当然ながら硫酸は強酸性である。作中ではロボットのために頻繁な機体交換や補給がなされているという記述はない。この小説で一番の驚異……というかフィクションのためのウソは、これほど凄まじい環境で16年以上もきちんと動くロボット探査機を人類が作り上げて運用していることだろう。

窒息する世界

原住民は火を扱えず、夜に降る雨による影響を避ける、もしくは小さくするため、崖のふもとなどにあいた洞穴の中に住む生活をしている。しかし地球人の操るロボット探査機に教育を受けた主人公ニック・チョッパー(Nick Chopper)らの集団は火を扱えるため、穴居生活はしていない(加えて原住民が本来知らない農耕や牧畜も実践しているし、なんと英語を話している)。テネブラ人は火を扱うことで夜間の活動や安全確保が可能になる。たとえば松明を持てば周囲に降ってきた雨粒の位置が把握できるため、それを避けながら夜の旅ができる*24。たとえば村や小屋を取り囲むように火を配置することでその熱を運ぶ上昇気流が生じ、夜間に降る雨を上空で気化させるので、その下は雨の影響を受けずに済む*25*26。もちろん火を絶やさないためには薪が重要となる。

なおテネブラの木は炎を上げずに燃える*27。これは大気中の酸素で火は点くし、温度が高いので反応速度も大きいが、大気圧と大気密度が大きいので炎が上がらない――という理解でいいのだろうか(自信がない)。ここは訳文だと「腐木」のように燃えるとなっているが、原文の「punk」というのが何なのか調べたところ、辞書だと朽ち木とか火口(ほくち)だとあり、要するに花火の点火に使うためのじわじわ燃える線香みたいなものらしい。

そして雨による影響というのは、窒息である。降り始めたばかりの気泡で(白く)濁っている雨滴にはまだ酸素が含まれているのだが、時間が経つにつれて酸素が乏しい透明な雨になっていく*28*29。この「濁り」というのは原文だと「cloudy」なので、黒い濁りではなく白く曇った感じだと思われる。また、夜の冷えた地面に達した雨滴は平たくなり、大きな霧のような半球状になってさまよいまわる*30。空から落ちてきた、もしくは地表をさまよう無酸素の雨滴に包まれたテネブラ人は窒息してしまう*31。このとき雨滴の体に触れた部分だけは体温で気化する*32。無酸素の雨滴は気化したとしても透明な「蒸気の泡」のようになり、やはり無酸素なのでそれに包まれると窒息してしまうし、火も消えてしまう*33*34。これを防ぐには、その「泡」を酸素を含んだ周囲の大気とかき混ぜるしかない*35。ちなみに、まだ酸素の気泡で濁っている降り始めの大きな雨滴に包まれた場合、体の周囲は気化して呼吸可能にはなるが、雨滴が濁っているので内から外はほとんど見えず、外からも雨滴の中の人がほぼ見えなくなる*36

地表の窪地には溜め池のようなものが生じている。夜になると降ってきた雨が溜まり、次第にこういった水たまりや溜め池が広がって深い湖となる*37*38。夜間から朝にかけては雨で運ばれた水のおかげでほぼ淡水なのだが、昼になり気温が上がってくると水が気化し、発煙硫酸が残って水たまりは小さくなる*39*40*41。そして川や海は主にこの発煙硫酸からなり*42、そういったところに沈むとテネブラ人は酸素が得られず窒息して意識を失ってしまう。

ただしテネブラ人の場合、この窒息は死につながらない。無酸素の雨滴が気化した「泡」については「死の蒸気のかたまり(原文:mass of dead steam)」(p. 64)という表現になってはいるが、窒息の描写は「意識を失う(原文:knocked out)」*43となっている。作中では背負われて川に入ったテネブラ人が30秒も経たないうちに窒息した後*44、酸素がある場所まで運ばれると10分ほどで息を吹き返す描写や*45、体をくくりつけた筏ごと転覆して意識を失ったテネブラ人達が、2-3時間にわたって海(沼)に没したのち、岸に上げられて意識を回復する描写がある*46。だから酸素がないと休眠状態・仮死状態に陥るというのが正確な表現だろう。また、この状態になると光(というかおそらく外部の刺激)に対して反応しなくなるらしい*47

テネブラ人以外の動物全般も「夜間の麻痺状態(原文:night-torpor)」(p. 16)となるが*48、これも窒息による失神のことで、つまり夜の降雨のせいで大気中から酸素を満足に得られなくなることが原因の休眠状態と思われる。ニックらの飼育している家畜も夜間は失神して、朝になると息を吹き返す*49*50。食肉動物も夜間は活動できないが、朝になってまだ目覚めていない家畜がいた場合、早く目覚めた食肉動物に襲われることがある。それを防ぐために家畜は水堀で囲まれた土地に入れてあり、ニックらの朝の仕事はこの家畜番をしに行くことである*51

なお、本文にはないが、雑誌連載時の誌面に載っていた「前回までのあらすじ(synopsis)」内には以下のような説明があった*52

At night—Tenebra’s rotation period is nearly a hundred hours—enough heat is radiated from the upper layers of the atmosphere to allow it to shift into the liquid phase. This liquid water is enough denser than the still gaseous oxygen for separation to occur, and eventually huge raindrops reach the surface which contain only the truly dissolved oxygen. This is insufficient for active animals, and most Tenebran animal life collapses into more or less suspended animation when struck by one of the "clear" drops which fall after the first few hours of night.

夜になると――テネブラの自転周期はほぼ100時間――大気上層から十分な熱が放射されて液相に移行する。この液体の水は、まだ気体である酸素よりも分離が起こるに充分なほど密度が高く、最終的には、ただ溶存酸素だけを含む巨大な雨粒が地表に到達する。これは活動的な動物にとっては厄介で、テネブラの動物のほとんどは、夜になってから数時間後に降る「透明な」雨粒に打たれると、多かれ少なかれ仮死状態に陥ってしまう。

Astounding Science Fiction, July 1958, p. 101.
暗闇の世界

分厚い大気の厚み(と、おそらく雲?)のため、テネブラ地表には昼間でも日光がほぼ届かず、人間の目で見ると真っ暗である*53*54。だから作中で松明を点けると、周囲がテネブラの昼間よりも明るくなる*55。ちなみに、外(宇宙)から見ても日照時だろうがこの惑星は暗めらしい*56が、なぜなのかよく分からない。作中に明記されてはいないものの、おそらく金星と同様に大気中の二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が高空で硫酸の雲を作り出していたりするのではないかとは思うのだが、雲に覆われているとアルベドが上がりそうなのでこの点は謎。

実は作中に直接的な雲(cloud)の記述はなく、無酸素の「泡」の描写で「目に見えない雲になでられた火が急に熱を失い」(p. 53、原文:the fire in the path of the invisible cloud suddenly began to cool)という文でしか出てこない。その他は「cloudy」が雨滴に対する「濁った」という意味で使われている。「雲のような大きな雨滴」という訳文もあるが(p. 91、原文:The great, cloudy drops)、ここの訳は「濁った大きな雨滴」が正しいと思う。

石英の世界

ところで、気になったものの作中では明確に説明されていないことがある。

翌朝、意識を回復して、目を薄くおおっている石英の結晶をはらいのけると、仲間はひとりのこらずそこにいたが、家畜の数は減っているように思われた。(p. 93)

上記は上昇した海面に沈んだニックが休眠状態となり翌朝目覚めた際の描写なのだが、「目を薄くおおっている石英の結晶」というのが気になる。そして以下は海の近くの陸地の描写だが、ここでも石英二酸化ケイ素)が出てくる。

地面も違っていた。植物はあいかわらず繁茂しているが、幹と幹とのあいだの地面は石英の結晶体におおわれている。(p. 69)

おそらくこれらに繋がるヒントが以下の文。

あそこを取り巻いている大気は主として臨界点に近い水で、そうした環境では、珪酸塩岩はかなり急速に分解してしまう。(p. 47)

一連の描写を考えると、地殻を構成する珪酸塩岩が分解して海に溶けているため、海水が引いた後、そのケイ素が地表の酸素・温度・圧力で二酸化ケイ素として結晶化している……ということでよいのだろうか。

天体パラメータ

テネブラの質量

作中ではテネブラの質量が明記されていないが、前述したように、地球と比較して直径が約3倍で地表重力が3倍というのは書かれている。

万有引力定数(6.6743\times10^{-11})をG、天体質量をM、天体の半径をRとしたとき、球対称な天体の表面重力gは以下の式で表される。表面重力は天体の質量と半径に依存することがわかる。

\displaystyle g=\frac{GM}{R^2}

これを天体質量Mを求める式に変形する。

\displaystyle M=\frac{gR^2}{G}

作中の記述を代入すると、1.6\times10^{26} kgとなる。地球質量がだいたい6\times10^{24} kgなので、テネブラの質量は地球の27倍だと分かる。

まあこんなに丁寧にやらなくても、直径が3倍になると体積は3の3乗で27倍になり、密度(質量と体積の比)がたぶん地球と同じだろうと仮定すると質量も27倍だと見当がつく。

脱出速度

本文には全く記されていないのだが、連載時のあらすじには「その脱出速度のために、もともと1平方マイルあたりに地球とほぼ同じ水量を保持できたため、地表大気圧は地球の標準の約800倍である」*57という記述がある。ついでなので地表からの脱出速度vを求める。式は以下。

\displaystyle v=\sqrt{\frac{2GM}{R}}

ということで33.5 km/sとなり、まあ素直に地球の3倍となる。

テネブラの自転

自転周期は地球時間で約4日とあるので約96時間。ただしテネブラではコリオリの力が地球とは逆方向に働くという記述があり*58、ということは自転方向が地球とは逆か。

テネブラの公転軌道

ところで、惑星設定オタクといえるクレメントならまず間違いなく設定しているはずなのだが、実はテネブラの1年(公転周期)がどれくらいの期間なのかについては作中に記述がない。地球時間で16年間以上*59*60も観測を続けていたのに惑星環境には目立った変化がほぼなかったらしいので*61*62、アルタイルからの距離や軌道離心率などが極端ではない、むしろその逆の、惑星環境が安定するような軌道にあると推測できる。公転軌道については以下の一文でしか触れられていないのだが、テネブラが公転する軌道面というのは、アルタイルの赤道に対する傾斜角が90度近いのだろうか。

牽牛星は変光星ではないが、自転が速いために平べったくなっており、その惑星は、高熱の、明るい極地方から最大限の恩恵をこうむる軌道をとっていた。(p. 6)

なお、恒星アルタイルは急速な自転の遠心力のために赤道での表面重力が弱く、結果として赤道はガス密度が低くなり、極に比べて暗く冷たくなっている(重力減光)。上の文はこのことも示しているようだが、必要最低限の描写に留めている。当時から理論的には予想されていた現象らしいが、クレメント恐るべし。

〈ヴィンデミアトリクス〉の軌道

この惑星を観測している人類は、周回軌道にある遠心重力式の宇宙ステーション〈ヴィンデミアトリクス〉に居住し、地表へ降ろした探査ロボットを操作して16年間もテネブラ人と接触している。なお「ヴィンデミアトリクス(Vindemiatrix)」というのは「おとめ座イプシロン星」の固有名で、ラテン語で「ぶどうを摘む女」を意味し、さらに遡るとギリシア語で「ぶどうの収穫者」を意味する語から来ているらしい。

われわれは同じ経度からはずれないように、テネブラからかなり離れた軌道を旋回しているのです。テネブラの一日は、地球の約四日に相当する。ということは、われわれは十六万マイル離れていることになる。反射作用が二秒ちかく遅れれば、ロボットの戦闘力はかなり弱まってしまう(p. 40)

フェイギンは思案するように、ここで言葉を切った。このように言葉を切るのは、実は十六万マイルかなたで数人の人間が緊張して協議しているためなのだということは、ニックにはもちろんわからなかった。(pp. 101-102)

という2つの記述があるので、〈ヴィンデミアトリクス〉はテネブラの対地同期軌道、おそらく静止軌道にいると考えられ、その軌道高度は16万マイル(257,495 km)、軌道半径はこれに惑星半径(19,113 km)を足して276,608 kmと考えてよい……はずなのだが。

万有引力定数をG、中心天体の質量(kg)をM、軌道上物体の公転周期(秒)をTとすると、静止軌道半径(m)rは以下の式となる。

\displaystyle r=\sqrt[3]{\frac{GMT^2}{4π^2}}

これに先ほど求めたテネブラの質量を入れて計算すると、だいたい静止軌道半径は31.9万km、軌道高度29.9万kmとなる。マイルに換算するとそれぞれ19.8万マイル、18.6万マイルである。どちらも16万マイルにはならない……。

立方根を外してTを求める式に変形し、軌道高度を16万マイルにして計算した場合、軌道周期が77時間となってしまい、地球時間で約4日(96時間)という記述と合わなくなる。

同様にMを求める式に変形し、軌道高度を16万マイルにしてみた場合、天体質量が1.0\times10^{26} kgと地球質量の17.5倍にしかならない。

なにかがおかしいようだ。こちらの単純な計算ミスか読解ミスだろうか(静止軌道以外の同期軌道?)。なお、原文も「a hundred and sixty thousand miles」となっているので16万マイルというのは誤訳ではない。

〈バチスカーフ〉の降下

作中ではこの宇宙ステーションから出たシャトル*63にドッキングしていた惑星着陸機〈バチスカーフ〉が、離着陸用のはずだった固体燃料ブースターの事故を起こし、毎秒1マイル(1.6 km/s)の減速をして大気圏突入軌道へと入ってしまう*64。事故時点でシャトルと〈バチスカーフ〉がいたのはステーションから光速で往復2秒近くかかる距離らしいので、かなり遠く、おそらく惑星に近い位置だと思われる*65

ところでこの事故の原因だが、本文を読んでも分からないので原因不明なのかと思っていたら、雑誌連載時のあらすじ紹介内にこんな文章を見つけた。

In his haste to get back to the children, the crewman makes the error of touching the bathyscaphe’s hull while still in contact with that of the tender; the potential difference is enough to set up a sneak-circuit which fires a set of the bathyscaphe's booster rockets—outboard attachments designed to get the ship into an entry orbit when the time came. The crewman is kicked onto one indeterminable vector and lost; the ship onto another.

子供達のところへ戻ろうと急ぐあまり、乗組員はシャトルと接触したままバチスカーフの船体に触れるというミスを犯した。その電位差は、バチスカーフのブースターロケットを発射させるのに十分なものだった――この船外装備は、帰還の時が来たら船を軌道に乗せるためのものだ。乗組員は不確定なベクトルに飛ばされて行方不明となり、船は別のベクトルに。

Astounding Science Fiction, July 1958, p. 102.

どうやら乗組員のせいで、繋がっていなかったブースター発射用の回路にたまたま電流が流れて繋がってしまったということらしい。しかし作中にそんな記述はないので、さすがにこれは説明不足である……。

大気圏突入までは最悪の場合45分以内、事故後2時間強までに突入しなければもう突入はしないとあり*66、事故から70分ほど経過した時点で突入(または着陸?)まで2時間となっている*67*68。〈バチスカーフ〉は船尾を進行方向へ向けて移動しており*69、突入時は周囲の大気に対して時速約500マイル(223 m/s)で進むらしい*70。その後、着陸に向けて速度が落ちるまで3.5G以上になるとある*71

そんな一連のシーンのうち、邦訳では以下の箇所が読んでも意味が取れなかった。

救助船はテネブラ惑星の直径の半分の距離以内のところにいて、惑星との位置関係からいえば静止しているも同然なのだ――二人の子供に関するかぎり、これではまったくどうにもならない。技師たちはバチスカーフの送信装置の位置を探索し、数マイル以内であることをつきとめたが、テネブラの大気圏内の軌道は計算できなかった。テネブラの大気にくわしい者はだれもいないのだ。確かなことは、ロケットが使えなくなるところまでバチスカーフが下降しなければ、追いつくのは無理だということだ。(p. 78)

そこで原文を確認したらおそらく理解できた。以下のような訳になると思われる。

The rescue boat was "there," in the sense that it was within half a diameter of Tenebra and nearly motionless with respect to the planet—perfectly useless, as far as the trapped children were concerned. The engineers could get a fix on the 'scaphe's transmitter and locate it within a few miles; but they couldn't compute an interception orbit inside Tenebra's atmosphere. No one knew enough about the atmosphere. The certain thing was that no interception whatever could be accomplished before the 'scaphe was so low that rockets could not be used—atmospheric pressure would be too high for them.

救助船はテネブラ直径の半分の距離以内にいて、惑星に対してほとんど動かないという意味で「そこ」にいた――窮地に陥った子供たちからすれば、何の役にも立たなかった。エンジニア達は〈バチスカーフ〉の送信装置を捕捉し、その位置を数マイル以内にまで絞り込んだ。しかし、テネブラ大気圏内での会合軌道を計算することはできなかった。テネブラの大気に詳しい者などいないのだ。確かなことは、ロケットが使えなくなるくらい〈バチスカーフ〉の高度が低くなる前に会合することは無理だということだ――大気圧がロケットには高すぎる。

そして着水後、レイカーの指示でイージーが機体の電気分解装置を始動させようとスイッチを入れるが、なぜか電流は流れなかった*72。バチスカーフの点検口がいくつか開けっ放しになっていたため、電気分解用のリード線が外気で腐食したのだという推測がなされる*73。ここは邦訳書だと「覗き窓」になっているが原文だと「inspection ports」なので要は点検口のことである。

以下は連載第1回の挿絵より、〈バチスカーフ〉の湖への着水場面。なお時間帯は夜*74。たとえ昼間だとしても本来は真っ暗だが、それだと画にならないので明るく描かれている。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, May 1958, pp. 26-27

〈バチスカーフ〉の漂流

テネブラ上の水中(正確には水ではなく硫酸中)では、昼と夜で浮力が変わる。夜になると降雨で水が混ざるために、時間が経つにつれて硫酸が薄められて密度が下がり、結果として浮力が減少する*75。もちろん同時に海面・湖面も上昇する。昼間は気温が上がるので夜に混ざった水が気化し、海中・湖中の密度が上がるので浮力が増大する*76*77。作中で〈バチスカーフ〉が漂いながら浮かんだり沈んだりしているのはこのためである。

川の場合は湖や海に比べると水の比率が多いためか、昼になるにつれて流れが干上がっていく。海に近付くと水の比率が下がるので川の干上がり方は遅くなる*78。そして川を流れて海まで到達すると、密度が上がるのでそのぶん浮力も増える*79

高圧大気とロケット

以下は冒頭にロボットがテネブラへ降下・着陸するシーン。

と、変化が起こった。それまでは、それはきわめて無気味な恰好に設計されたロケットで、船外ジェット・エンジンによって真直に下降し、ブレーキをかけて着陸するものと思われていた。ジェット・エンジンの排気がだんだんと明るさを増していっても、べつに不思議はなかった。大気が濃くなってゆくからだ。だが、補助推進装置ブースター自体は燃えているはずがない

だが、燃えているのだった。その排気は、いや増す落下速度をゆるめようと懸命になっているかのように、ひときわ長く尾をひき、外被そのものはどんよりと赤く輝きはじめた。はるかかなたにいる制御係にとっては、それでじゅうぶんだった。一瞬、一群のまばゆい閃光が輝いた。補助推進装置ブースター自体からではなく、それらを収めている金属製の枠の先端からであった。と、突っ張りがはずれ、機械は支えを失った。

だが、それもほんの束の間だった。その外面にはまだ装置が取り付けてあって、補助推進装置ブースターの噴射から半秒とたたぬうちに、落下してゆく合成材のかたまりの上方に、巨大なパラシュートが花ひらいた。(pp. 7-8)

このブースター自体が燃えているというのがいまいち分からない。大気密度が濃いせいで空力加熱が激しいということなのだろうか?

「ええ。着陸については、大して問題はありません。その点については、ロボットにパラシュートをつけて、うまくやってのけましたからね。むずかしいのは、離陸なんです」

「なぜそんなにむずかしいのですか? 表面重力は、わたしの聞いたところでは、わたし自身の世界の重力よりも少ないし、電位傾度もいくぶん少ないはずです。補助推進装置ブースターをつければ、大丈夫なんじゃありませんか」

「うまくいけばいいんですがね。ところが、残念ながら、八百気圧の大気中に排気を噴出する補助推進装置ブースターはまだ造られていないんですよ。溶けてしまう――気圧が高すぎるので、爆発しないのです」(pp. 43-44)

こちらは離着陸についてのドロム人と地球人との会話シーンで、温度と圧力の条件がロケットを燃焼させるには厳しすぎるということを言っている。「気圧が高すぎるので、爆発しない」というのは、大気圧が上がるとロケットエンジンの効率は低下するのだが、そもそもロケット燃焼室圧力よりも外の大気圧が高いと推力が出ないということだと思う。

テネブラ人

作中の記述からテネブラ人(Tenebran)について判明することを並べておく。

  • 卵生である*80。卵の形状は楕円体で、おそらく卵に雨の影響が及ばないようにするため、暖かな浅い噴火口の底で孵化させる*81
  • おそらく成人(の♂?)は身長約2.7 mにも達し、その体重はテネブラ上で1トン以上になる*82
  • 地球人の操るロボット探査機「フェイギン(Fagin)」に率いられるニックらの集団(冒頭の卵の数からみて10人、たぶんかなりが兄弟姉妹の関係)は皆が地球時間で約16歳だが、その身長は 1.3 m程度。おそらくこの年齢だとまだテネブラ人としては体格が成熟していないのだと思われる*83
  • 「八肢」のうち2本の下肢で直立歩行し、その次の2本は使わず、その上の4本で物を掴む*84
  • 鱗におおわれており、松ぼっくりのような見た目*85
  • 鱗をぴくぴくと波打たせることが、人間の肩をすくめる仕草にあたる*86
  • 視覚器官は、頭にはえているトゲのような突起(訳文だと「とげのようなとさか」、原文:spiny crests)*87。これは他の動物の「目」と同様だと思われる。この器官は動かせる*88
  • テネブラ地表は人間の目で見ると真っ暗なので、そこに生きるテネブラ人の視覚は感度が高い*89。しかし強い光(人間の可視光域)に驚きはするが目は眩まないらしい*90
  • この視覚器官は無線干渉装置のような働きをするが、無線よりも短い波長に感応する*91
  • 足は地球人の足に比べて把握力がずっと弱い*92
  • テネブラ語は声の高低によって意味を区別する。その高い発音の多くは、人間の声域では無理*93
  • 石器を使い、槍やナイフ、斧を操る*94*95。罠もかける*96。だが泳げない*97
  • ニックらの集団は「フェイギン」に教育されたため、弓錐を使って摩擦で火を起こす技能をもつ*98

ところで、テネブラ人含むテネブラ生物が「眠っている」つまり地球生物の睡眠にあたる行動をとっている描写は作中に存在しない。窒息による意識喪失はあくまで無酸素環境における休眠状態でしかない。作中には明記されていないが、火などを駆使して夜もずっと酸素がある環境にいた場合は休眠状態に陥らなくて済むため、1日中起きて活動していられるのではないだろうか。もしかすると文明が発達したテネブラ人は眠らない種族になるのかもしれない。

以下は連載開始号の表紙絵である。これがテネブラ人だ。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, May 1958

以下は連載第2回より、松明を掲げるニック。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, June 1958, p. 104.

これは連載最終回のタイトルページ掲載の絵。獲物の皮を使って作った袋に乗り、ニックが水たまりで必死にバランスを取る場面(邦訳書p. 188)。プルプルしていてかわいい。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, July 1958, p. 99.

テネブラの生物

  • ほとんどの動物が鱗におおわれていて8本足である。植物食動物もいれば肉食動物もいる*99。肉食動物の知能はあまり高くない*100
  • 腐肉食動物もいる*101
  • 動物は水晶体のない、トゲ状突起になっている何本もの「目」(原文:lensless, many-spined "eyes")をもつ*102
  • 夜間は降雨のせいで酸素が満足に得られなくなるため、地上の動物は休眠状態となる*103
  • 海中には肉食性の生物が存在するらしいが、その詳細は謎に包まれている*104
  • 地表を覆う草のような植物があるが、草よりもはるかに脆い。薄い葉状体をもつ植物もある。草よりも丈の高い植物も生えている*105
  • テネブラの木は湖や海に浮かず、密度が高いからか沈む*106*107。その大半はほかの植物と同様に脆いが、長くて弾力性のある枝や幹をもつものも多少は存在する*108
  • 植物食動物にはテネブラ人と同じくらいの大きさのものがいる*109
  • 空中に浮遊する動植物(原文:floating animals and plants)が存在する*110。この浮遊動物は動物というよりむしろ植物のような存在*111。知能はかなり発達している*112
  • 浮遊動物(原文:floater)はガス袋で浮遊していて、長く有毒の触手をもつ。ガス袋を切りつけて破ることで落として無力化できる*113*114。そして触手の届く範囲内だと危険なので、テネブラ人はナイフだけでなく槍も持つ。
  • 浮遊動物の毒はテネブラ人の家畜を殺せるほど強い。テネブラ人自身もこの毒にひどくやられると、一人で歩けるようになるまでには何時間もかかる*115
  • 浮遊動物の飛びかたは遅く、たとえるなら「空中に漂っている大きなクラゲ」*116*117。そして浮遊動物の皮は脆い*118
  • 動物の体液はその成分中に硫酸が存在すると予想されている*119

なお、英Wikipediaにある本作品の記事には本記事執筆時点で以下の記述がされていた。このへん、地表が暗いということ以外は作中に全く書かれていないことなのだが、納得はできる(Wikipediaでそれがありなのかという疑問はあるが)。テネブラは地球よりもずっと大規模な硫黄循環が成立しているのだろう。

Although Clement doesn't say so explicitly, Tenebra's plants do not use photosynthesis. The optical depth of the atmosphere is too great for enough of Altair's light to reach the ground. Instead, Tenebra's plants use chemosynthesis based on the transformation of sulphur oxides. The process is much like that used by autotrophs living in and around hydrothermal vents known as black smokers at the bottom of Earth's oceans. Altair's abundant ultraviolet radiation, striking the top of Tenebra's atmosphere, restores the balance among the various sulphur oxides.

クレメントは明言していないが、テネブラの植物は光合成をしない。大気の光学的深度が深すぎるため、アルタイルの光が十分に地上に届かないのだ。その代わり、テネブラの植物は硫黄酸化物の変換に基づく化学合成を利用する。このプロセスは、地球の海の底にあるブラックスモーカーと呼ばれる熱水噴出孔やその周辺に生息する独立栄養生物によく似ている。アルタイルの豊富な紫外線がテネブラの大気上部に当たることで、さまざまな硫黄酸化物のバランスが回復する。

Close to Critical - Wikipedia

以下は連載最終回の誌面で、筏作りの最中に浮遊生物が何匹も飛来してきた場面(邦訳書p. 197)の近くに掲載されていた挿絵。なぜか毒のある触手を掴んでいるが本文にそんな描写はない。とはいえ全ての触手に毒があるとも書かれてはいないのだが(それと本文によるとガス袋は複数ある模様)。もしかしたら終盤の、捕獲して毒触手を取り除いた浮遊生物を引っぱってきたテネブラ人達(邦訳書pp. 238-239)の画として描かれたのかもしれない。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, July 1958, pp. 118-119.

〈バチスカーフ〉の浮揚

地球の深海探査艇の名を受け継ぐ惑星着陸船〈バチスカーフ〉は浮力タンクを有し、テネブラ大気より密度(比重)の小さな気体、つまり水素をこのタンクへ充填することによって機体を浮揚させる飛行船である。本来、取り入れたテネブラ大気(主成分は水)を電気分解することで水素を生成し、これによってロケットエンジンが作動する大気圏高度まで上がり、搭載したロケットブースターに点火することで軌道上へ戻るという段取りになっていた*120。なお、このブースターは邦訳だと「水素ブースター」(p. 82, 231)だが原文だと「hydroferron boosters」となっており、この「hydroferron」というのが調べても出てこなくて謎である。そして固体燃料ブースター(p. 75、原文:solid-fuel boosters)だとも書いてあるので、液体燃料ではないはず(液体燃料はこの環境だと使えないか。まあ液酸・液水は低温が保持できないだろうしヒドラジンやケロシンにとっても高温すぎて無理だと思われる)。

本来の浮揚の工程は以下のように記されている。

「(略)気球に乗るようなものです。そこの大気は大部分が水ですし、りっぱな伝導体になるだけのイオンを放射しています。あなたの乗っている船体の大部分は小さなタンクに分かれていて、その各タンクはさらに、しなやかな膜によって二つに分かれています。今は、それらの膜は、気圧によって各タンクの一方の壁にぴったりくっついています。電気分解装置を始動させると、水が分解され、酸素はパイプを通って船の外に排出されますが、水素は膜の内側に送りこまれ、タンクから徐々に空気を送り出します。昔のバチスカーフもそれと同じ原理を用いたものですが、昔のは、二つの流体が拡散し合うのを防ぐのに膜は必要なかったのです」(p. 89)

タンク(原文:cell)から送り出す空気というのはテネブラ大気のこと。水素と大気が混合しないように柔軟な膜で区切られており、水素が充填されていくとそのぶん大気が排出されるようになっている。

作中ではこの電気分解装置が使えない状態だったわけだが、結末に出てきた解決策はスウィフトがイージーに提案したというアイデアだ。使うのは捕獲して触手を取り除いた浮遊生物である。最近活動が活発化した火山*121によって生じた気流*122*123に乗って、浮遊生物はその近辺に何体も漂ってきていた*124*125。イージーとエンジニア達は浮遊生物のガス袋に入っているのはおそらく水素であろうと推測する。この浮遊生物の水素を管で浮力タンクの排出口より注入することで充填し、機体を浮揚させた。気流が〈バチスカーフ〉を活火山の方向へと運び、その熱せられた大気で生じた上昇気流に乗ると、高度を上げてシャトルとの会合を待ち受けるのだった。

ドロム人

人類側のシーンでは、ドロム人(Drommian)という異星種族の外交大使アミナダバーリー(Amindebarlee)とその息子アミナドーネルド(Aminadorneldo;略称ミーナ)も登場する。ついでなのでその特徴も並べておく。

  • 声が甲高い*126*127
  • 細長い体格*128で、全長は3 m。全体的に見てイタチそっくり、もしくはカワウソ。手足は計10本で短く逞しく、その先端にある指には水かきがついている。最初の二対の手足についている水かきは、肉膜のふさ毛のようなものに退化している。後脚の2本だけでは立たない*129
  • 皮膚は濡れたオットセイの毛皮に似たつやがあり、毛は生えていない*130
  • 手足には鉤爪がある*131
  • 歩行時は十本の足全部を使うのが普通らしい*132
  • 目の色は黄緑色*133。視力は地球人と同じくらい*134
  • 生後一年以内に体格が一人前になるが、精神的には子供。4歳で地球人の7歳程度*135
  • 故郷の惑星はカシオペヤ座イータ星にあり*136、表面重力が地球の4倍近くある*137*138
  • 人間の標準よりも三分の一ほど高い酸素分圧が標準なので、人類の居住環境下では小型のガスタンクをハーネスで装着し、口に挿した管から酸素を補給している*139
  • 地球人にドロム語は発音できない*140

以下は連載第1回と第3回の挿絵より、ドロム人のミーナと地球人の少女イージー。個人的な感想だが、ミーナはともかくイージーは読んでいた時のイメージと違う。

Van Dongen, Astounding Science Fiction, May 1958, p. 47.

Van Dongen, Astounding Science Fiction, July 1958, p. 139.

イージー・リッチ

実はイージー・リッチ(Easy Rich)についての外見描写は本編中にあまりなく、やせており、赤毛のもじゃもじゃ髪であることくらいだ*141。年齢は12歳*142。なお単行本化の際には名前が「Easy」に統一されているが、連載時は「Elise」という本名も出ていた。英語読みだと「エリース」か。彼女は本作の約25年後が舞台となる『超惑星への使命』Star Light で言語学者イージー・ホフマンとして再登場し、『重力の使命』のキャラクターと共演することになる。

カバーイラスト

書籍化された際のカバーイラストについては、残念だが作中描写から少し外れている感じを受けるものが多い。というか連載時の挿絵が相当出来が良かったというべきか。

以下のポール・レア(Paul Lehr)による1964年のカバー画では、それらしい地表描写になっている(とはいえ円盤風のメカは作中に登場しない)。

Paul Lehr, Ballantine Books, 1964.

こちらは英国Corgi Booksから出た1968年のカバー画。クレジットが無いらしく、描いた人物が不明。面白い構図だが、松明でこれほど炎は上がらないはず。

Unknown artist, Corgi Books, 1968.

以下はディーン・エリス(Dean Ellis)による1975年のカバー画。さすがにテネブラ人の姿形がヒトに寄りすぎているように感じる。

Dean Ellis, Ballantine Books, 1975.

おわりに

記事を書きながら感じたが、この作品を1回読んだだけで惑星世界の設定を把握できる人はどれだけいるのだろうか(本邦で出た当時の評判はどうだったのだろうか)。とはいえ、何度も読み返さなければ分からなかったのは自分の理解力が乏しいからだろう。だから描写がすべて理解できたとも思えないし、設定がすべて把握できたとも思えない。というわけで本記事の内容にも誤りがあるかもしれないし、よく分からなかった箇所も残っているので、気になる点があれば遠慮なくご指摘をお願いしたい。

やはり単独の設定解説エッセイが欲しいところなのだが、調べても著者のクレメント自身はこの作品についてそういった文章は書いていないようだ。もしも読者による解析などが過去に存在しているのであれば知りたい。特に化学の側面からの考察を読んでみたい。正直なところストーリーに関しては出来が良いとは必ずしも言い難く、だから日本では復刊されていないのだろう。しかし物理・化学的に成立する「かもしれない」奇天烈環境の惑星を見せてくれたというその一点だけで、個人的には読んでよかった作品といえる。

参考

*1:邦訳書には書かれていないがこのエッセイ原題は "Whirligig World" で、初出はAstounding Science Fiction誌1953年6月号。なお邦題「メスクリン創成記」は「創成期」でも「創世記」でもないので注意。

*2:遠い地球の三倍ちかくの直径をもつ世界(p. 7)

*3:重力が地球上の三倍もあるにもかかわらず(p. 8)

*4:重力三Gの地上では、ただ投げただけでは、あまり遠くまで飛ばないのだ(p. 35)

*5:テネブラの一日は、地球の約四日に相当する。(p. 40)

*6:約八百気圧の外気のもとでは(p. 9)

*7:気温三百七十度、約八百気圧(p. 10)

*8:あそこの自然環境は水の臨界温度に近く、気圧は地球の八百倍近い。(p. 42)

*9:「酸素を大量に含んだ水と硫黄の酸化物とから成る風土」(p. 10、原文:a climate consisting of water heavily laced with oxygen and oxides of sulphur)

*10:なお、連載時のあらすじには赤道付近の温度が摂氏370度から380度(原文:Its temperature in the equatorial regions runs between three hundred seventy and three hundred eighty degrees Centigrade.)という記述がある。

*11:彼は真黒な空からたえまなく降り注ぐ三十乃至五十フィートの雨滴をちらりと見上げ(p. 53)

*12:五十フィートの扁平球体の底の部分は(p. 158)

*13:右翼が直径五十フィートの水の球体に出会えば(p. 85)

*14:二重の輪形に配置された火のむこうの、もっと大粒の雨の威力たるやすばらしかった。(p. 53)

*15:「(略)少しも波が立ってないのは、風がないからだ。三ノットでもテネブラ星上では大暴風なのだ」/「そんなに熱エネルギーが動きまわっていても?」リッチはびっくりした。/「ええ。働きかけるものがなにもないからだよ――働きかけるというのは、物理的な意味でだがね。大気が温度を変えたり、状態を変えても、強風に必要な気圧の差を引き起こすだけの体積の変化がないのだ。この銀河系のなかで、テネブラほど穏やかなところはまずないだろうね」(p. 88)

*16:矢印の左側は入力に使う状態量で、右側は求めたい状態量。

*17:一日の平均降雨量に比して、地球のように海の占める面積が大きいと、海面の上昇など、どう見ても問題にならない。/テネブラ星では、少し事情が違う。巨大な海盆など一つもない。あるのは中位の大きさの湖床だけで、それも地球の湖床に比べるとはるかに耐久性が少ないのだ。(p. 91)

*18:彼女とその連れは夜の降雨はすでに何度も見てきたが、雨が海面に及ぼす影響を目のあたりに観察する位置を占めたのは、これが初めてだった。岸が見え、水が発煙硫酸に加わるにつれて海がふくれあがるさまは、二人とも見たこともない光景だった。近くの岸が下に見えるのは、いささか無気味だった。その状態がつづいた。バチスカーフは、海面が上昇するにつれてもちあげられ、楽楽と陸のほうへ運ばれた。海の比重が低くなりすぎて船を浮揚させることができなくなるまで、それがつづいた。船が沈んでからも、ときおり感じられる衝撃によって、動きが完全に止まったわけではないことがわかった。(p. 199)

*19:海にあるのは水じゃない、大部分はね。(p. 105)

*20:雨が海面をたたくたびに、そのあとで同じあたりに落ちてくる雨滴は、数分のうちに、いつもより少し高いところで消えてしまうのがわかった。反応によって熱が放出されているのだとニックは思ったが、その判断は正しかった。(pp. 91-92)

*21:大きな霧のような球が何ヤードにもわたって漂ってるけど、水面にたどりつくちょっと前に消えてしまうみたいだわ。よく見えるわ」/「雨が降っているんだよ」と、レイカーはそっけなく言ってから、「その湖はおそらく硫酸湖だ。夜も今時分になると、かなり希薄になっていて、大気よりだいぶあたたかくなっているので、水はその表面に達する前に蒸発してしまうのだろう。(p. 88)

*22:地面を打つ雨滴はすぐさま消えてしまうのだ――ニックの標準によれば、激しく消えてしまうのだ。気圧と温度が違うので、発煙硫酸と水とのあいだの反応が地球上の実験室におけるよりもずっと目につきにくいのだが、それでも見てわかる。(p. 91)

*23:ロボットが海にはいって筏の近くに行けば、声が届かない――発煙硫酸と大気との境は、音波をほぼ完全にはね返すほどはっきりしているのだ。(p. 212)

*24:「夜の旅は、思ったほど悪いもんじゃありません。雨滴を避けるのは、それほど難しいことじゃない。雨滴のやってくるのが見分けられる程度の明りがあって、長いあいだ燃やせるだけの薪を持っていればね。(p. 31)

*25:むろん、夜だった。したがって、雨が降っていた。侵入者どもは、目下、村の火に守られている。だが、火を守っている者はいない。彼は真黒な空からたえまなく降り注ぐ三十乃至五十フィートの雨滴をちらりと見上げ、雨滴の一つを追って、頭上三百ヤードほどのところまで視線を下げていった。雨滴はそこで消えていた。村の火から立ちのぼる上昇気流に出会って幽霊のように消え失せているのだ。厄介なのは、頭の真上の雨滴ではない――フェイギンの基地にとっては。(p. 53)

*26:雲のような大きな雨滴が、はるか高みから視界に舞い落ちてきて、たき火の放射熱で少しあたためられると、消えてなくなった。(p. 91)

*27:テネブラ星上の木は腐木のように燃える。炎をあげない。(p. 54、原文:Tenebran wood glows like punk; it does not flame.)

*28:雨滴が谷を押し分けるようにして落ちてきて、火に近づくと消え失せたが、まだ宵の口なので、酸素がたくさん含まれていた。(略)流動体は吸いこんでもまだかなり安全だったので、松明さえ持っていれば、くぼ地をつっきることもできたのだが、彼はくぼ地に行き当たると、回り道をすることにした。(p. 103)

*29:困ったことに、ナンシーは雨滴をよけようともしなかった。理論的には彼女の言うとおりだった。雨滴はまだ酸素の気泡で濁っており、体温によって、完全に呼吸可能な空気に変わるので安全なわけだが、ジョンは彼女の例にならうまでに、しばらく時間がかかった。(pp. 155-156)

*30:これまで住んでいた村では、夜になって冷えてからの地面に達した雨滴は平たくなって大きな霧のような半球状になり、火に消されるまでさまよいまわるのだったが、ここでは様子が違う。(p. 91)

*31:雨滴が透明になり、したがって危険になった。(p. 104)

*32:雨滴は今や数多く地表にまで達し、二人の体温に直接さらされる部分以外は、気化しないで残った。(p. 157)

*33:二重の輪形に配置された火のむこうの、もっと大粒の雨の威力たるやすばらしかった。それは外輪の火の五十ヤードほどむこうの地面に落ちた。すでに降り注いだ雨で地面がじゅうぶん冷えていたので、その雨滴は気化せず、ちょっとのあいだ、火そのものによる対流の衝撃を受けて炎のほうへと吹き流されていった。やがて輻射熱によって雨粒は消え失せたが、それがそこにあることをニックは知っていた。それは水晶のように透明で、酸素の泡を少しも含んでいない。それは純粋な蒸気で、酸化に最も必要な物質を少しも含んではいない。(略)やがて、目に見えない雲になでられた火が急に熱を失い、数秒とたたぬうちに見えなくなってしまった。(p. 53)

*34:穴居人どもはまだ少しも火に慣れておらず、火の特性、使い方、限界について妙な考えをいだいていた。だれかが火を点けなおそうとして、蒸発した雨滴の密閉された空間へいそいそと飛びこんでいったことがあって、ニックなど、地球人から教育を受けた原住民のひとりが救出にとんでいかなければならなかった。こわれたばかりの雨滴は新たに蒸発した早朝の湖と同じようなものだということに彼らはやっと納得がいくと、今度は、消えた焚き火になかなか近づこうとはしなくなったために、薪が冷えてしまって、松明を触れただけでは燃えあがらなくなった。(pp. 231-232)

*35:火は朝まで保ったが、それというのも、ニックが何度も小屋のまわりを走りまわって、忍び寄る死の蒸気のかたまりに酸素をかきまぜたおかげなのだ。外輪の最後の火が消えたのはまだ宵の口だったが、それからというもの、彼はほとんど眠っていなかった。(p. 64)

*36:並みはずれて大きくてまだ濁っている雨滴がさほど遠くない下方へ漂ってゆくのを見ると、彼女はその雨滴が落下してくるときにそれに包みこまれるように慎重に身をかまえた。当然のことながら、五十フィートの扁平球体の底の部分は、彼女の体温でたちまちのうちに消え失せてしまったが、雨滴はさらに下降すると、彼女の姿をすっぽりと隠した。大きな、ぼんやりした液体の球が、他の雨滴の動きと同じようなパターンを描きはじめ、ゆっくりと光のほうへ動いていった。ナンシーはその動きについてゆこうと全力を尽くした。思ったほど容易ではなかった。彼女を包んでいる気体は完全に呼吸可能なものであったが、周囲がぜんぜん見えないので、雨滴が漂ってゆく速度を判断することがほとんど不可能だったからである。風がある程度判断の助けになったが、じゅうぶんなものではなかった。数回、もうもうたる霧のはし近くに彼女が来たとき、ジョンには彼女の輪郭が見えた。(p. 158)

*37:テネブラの大気の底が次第に変貌するにつれて、水たまりや湖が大きくなり、深くなってだんだんと避けにくくなった。(p. 104)

*38:彼の言った水たまりというのは、例によって、丸いくぼ地の奥にあった。その水たまりは、これまた例によって、くぼ地のごく一部を占めているだけで、夜ごとにその地点を覆いつくす湖が昼間ほとんど干あがったあとの名残りなのだ。(p. 175)

*39:日暮れ近くになると、彼らの村のくぼ地にもそのような水たまりができたのだった――日の出のころは淡水の湖なのだが、日ざかりになると、ちっぽけな発煙硫酸の池になってしまうのだった。(pp. 68-69)

*40:その水たまりにある物質は発煙硫酸にちがいない――長年、彼はそう思っているのだった。データはやや不十分だが、これまでのところ反証はない。夜ごとの雨で分解する周囲の岩からの金属イオンが多量に混じっている硫酸が主で、それに釣り合った分量の大気ガスが含まれているのだ、と。(p. 175)

*41:静かな油のような液体(p. 68)

*42:「主成分は硫酸じゃないかって言っていたわ。確かめようにも方法がわからなかったけれど」(p. 66)

*43:ニックは酸素のない水で意識を失うことにはすっかり慣れていたが、失神状態でズダ袋のように翻弄されるのはやりきれなかった。(p. 105、原文:Nick was accustomed enough to being knocked out by oxygen-free water, but somehow didn't like the idea of being carted around like a sack in that state.)

*44:彼らがはいってゆくと、ニックの体温で液体がかなり気化したが、その気体には酸素が含まれておらず、ニックにとっては、なんの違いもなかった。彼は三十秒とたたぬうちに意識を失った。(p. 108)

*45:自然の大気のなかに出て十分ほどすると、ニックは息を吹き返しはじめた。すっかり意識を回復し、松明を捜して火をつけると、もとどおり前進をつづけた。(p. 113)

*46:筏は浮かびあがってくるときにひっくり返しになったために、二、三時間のあいだ、ロボット操縦者は、浮かびあがってくる筏の下に原住民がぶらさがっているのを見て当惑した。海面は徐々に下がっていった。彼らは夜のあいだに丘の頂上から漂流したあげく、近くのくぼ地の一つにある比較的小さな沼に浮かびあがったのだった。(略)/さいわい、発煙硫酸の沼は浅かった――きわめて浅かったので、筏はそれ自体の浮力によるよりも、その下にぶらさがっている体によって支えられた。レイカーは液体のなかヘロボットを誘導し、意識を失っている四人の原住民を向こう岸へと押していった。当然のことながら、筏もいっしょについてきたが、いささかぶざまになったこの塊は発煙硫酸の沼のふちに着くと、ぽたぽたとしずくを垂らし、その下にぶら下がっている一同は、徐々に意識を回復した。(p. 206)

*47:原住民どもが洞穴の口の内側に立っているのが見えたが、光に対してなんの反応も見せなかった。(p. 16)

*48:多少とも地球人のように眠っているか、あるいは、テネブラ星の動物に一般に見られるような夜間の麻痺状態に陥っているか、どちらかだった。(p. 16)

*49:ようやくニックがひとりで、息を吹き返した動物を駆り集めて、村まで追ってきたのだった。(p. 64)

*50:最後の火が消えるとたちまち、丘の頂上にいる生き物はみな意識を失い(p. 93)

*51:いつもの朝の最初の仕事は、村の近くのくぼ地の囲いに入れてある家畜を守ることだった。そのくぼ地は周囲の土地よりも多少おそくまで水がたまっているので、ふつうは番人がやってくるまで、家畜は食肉獣に襲われる恐れはない。(p. 64)

*52:このあらすじを書いていたのは編集者のジョン・W・キャンベルではないかと思うがよく知らない。

*53:日光は、テネブラの地上では、人間の目には真暗闇も同然なのだ。(p. 147)

*54:「しかし、真昼でも、きみたちの目には、今と大して違っては見えないだろうね。牽牛星でさえも、人間の目に見えるくらいの光を、そこの大気中に送りこむことができないのだ。ライトを使わなければなるまい」(p. 87)

*55:「あの火の明りは昼間よりも明るいみたいだな、あそこでは」(p. 35)

*56:にもかかわらず、この大きな天体は、その背景をなしている銀河よりも大して明るくはない、ぼんやりとしたしみとしか見えなかった。(p. 6)

*57:原文:Since its escape velocity permitted it to retain originally an amount of water per square mile about equal to that of Earth, the surface atmospheric pressure is about eight hundred times Earth normal.(Astounding Science Fiction, July 1958, p. 100)

*58:「しかし、どちらの地点でも、正確な方向はわからない。それに、コリオリ作用によって風が偏向しているかもしれないし」/「その点は大したことはない、テネブラのような世界では。地球とは逆方向に働くがね。(p. 222)

*59:そいつを地上におろしてから、われわれの時間に換算すると16年とちょっとになります。(p. 42)

*60:われわれはその機械を地上へ送りこみ、一年ちかくを費やして探検した結果(p. 43)

*61:この銀河系のなかで、テネブラほど穏やかなところはまずないだろうね(p. 88)

*62:テネブラがこの十数年間に初めて真に不可解な様相を呈しはじめた(p. 199)

*63:邦訳では「小型連続往復機」や「付属船」と訳されている。原文「small shuttle」または「tender」

*64:固体燃料ブースター一式が、どういうわけだか誘発されたらしい。とすると、重力加速度の四倍ちょっとのものが四十秒ほどつづくはずです――秒速一マイル、全速力が変化します。しかし、船はどこにいるのかわかりません、つきとめてみるまでは。計算できないのです。加速の方向がわからないので。バチスカーフが惑星にあまり接近していなければいいのですが」/「一秒一マイルの変化だと、どの方向へ向かっていても、大気圏内に突入する軌道に乗ってしまいかねないからですよ」(p. 75)

*65:光がヴィンデミアトリクス号から出て一周し元にもどるまでの二秒近い間隔(p. 49、原文:The nearly two-second pause while light made the round trip from Vindemiatrix to tender and back)

*66:救助船内のコンピュータが、可能性のある軌道をせっせとはじき出していた。最悪の場合は、事故が起こってから四十五分以内に大気圏内に突入するとの答えが出た。二時間少々以内に突入しなければ、永久に突入する恐れはない、と。(p. 77)

*67:イージーが加速度を報告してきたのは、事故が起こってから六十七分後のことであった。(p. 78)

*68:「二時間ぐらいです。大丈夫、耐えられますよ」(p. 81)

*69:「船は横揺れしています――惑星は左側にあります――ちょっと体が重たくなってきました――また安定してきました、そして、うしろのほうへ進んでいます、もしこのコントロール・パネルが部屋の前のほうにあるのなら」(p. 80)

*70:だんだんスピードが落ちて、周囲の大気に対して時速約五百マイルで進むはずです。(p. 80)

*71:これからスピードが落ちるまで、重力が三倍半以上になるでしょう。(p. 83)

*72:「全部ゼロをさしています。今度はどうすればいいのですか」(p. 90)

*73:バチスカーフの覗き窓がいくつか開けっぱなしになっていて、そのために電気分解の導線が外気で腐蝕してしまってるにちがいないというんですよ。(p. 111)

*74:「(略)外は夜らしいわ、なんにも見えないもの」/「そのとおりだ、ロボットの近くに降りたのならね」(p. 87)

*75:あなたがたがはまりこんだ酸性の物質が雨のために薄められて比重が下がったために、あなたがたはあまり高く浮かび上がらないのだ(p. 114)

*76:陽がのぼれば、水が蒸発するでしょうから、あなたがたがまだ湖か海にいるとすれば、いつものように、ふたたび浮かび上がるでしょう。(p. 115)

*77:海水から水が蒸発しはじめると、海の比重が増し、筏は浮上しはじめた。(p. 206)

*78:川の干あがり方は前日のほうがずっと早かった。(p. 174)

*79:浮かびあがるのでわかるよ、湖で浮かびあがったようにね。少なくとも、朝になって水がある程度蒸発すればね。川が海にはいったら、夜中でも水底から浮かびあがることもありうるだろうが、その点は確かなことはわからない。水が酸をどの程度薄めているのかわからないのでね。(p. 173)

*80:ついに、知能が発達していると思われる原住民を発見したのです。卵生類であることがわかり、どうにかその卵をいくつか手に入れました。(p. 43)

*81:噴火口の底には、原住民が今しがた置いていったのと同じような楕円形の物体が百個ぐらいあった。(p. 15、原文:on the crater floor lay perhaps a hundred ellipsoids similar to that which the native had just left there.)

*82:丈はゆうに九フィートはあり、体重は、その惑星上では、一トンをかなり越しているにちがいない。(p. 12)

*83:背丈が一フィート半ぐらいしかないのもいれば、われわれの倍ちかく――九フィートか、それ以上あるものもいる。もっとも、姿かたちは、みんなわれわれと同じだけどね。(p. 27)

*84:鱗と手足の数については、その土地の例に従っていたが、二本の下肢で直立して歩き、他の二本は使っている様子はなく、四本の上肢はものをつかむのに用いていた。(pp. 12-13)

*85:村に押し寄せてきたまつかさのような恰好をした生き物が映し出されている。(p. 35、原文:every one showed the swarming forms of the fir-cone-shaped beings who were attacking the village.)

*86:p. 151、ナンシーは鱗をぴくぴくと波打たせた。人間でいえば、肩をすくめるしぐさにあたる。

*87:テネブラ星人の視覚器官が、頭にはえているとげのようなとさかに関係があるということは、ずっと以前からわかっていた。レイカーの見たところ、スウィフトとおぼしき原地人が光の溢れ出ている小さな穴に近づけたのは、その部分だった。(p. 39)

*88:ナンシーはちらりと目を上げた――というより、視覚器官の突起の位置をかすかに動かして、その方向に注意を移したのだ。(p. 162)

*89:のちにニックがそれを評した言葉を借りれば、「世界に火がついた」のである。(略)テネブラ惑星を取り巻く大気の底に達する少量の光に反応するほど敏感な視覚器官がそのような強烈な光に耐えられるとは、とうてい考えられないことだった。(p. 38)

*90:彼らが驚いたことはたしかだ。しばらく、前進するのをやめ、仲間同士でべちゃくちゃしゃべりだした。やがて、先頭に立っていた巨人が、つかつかとロボットのところまで進み出て、身をかがめ、ライトの一つを仔細に調べている様子だった。(p. 38-39)

*91:その突起は無線干渉装置のような働きをするのである。無線よりも短い波長に感応する点だけは違うのだが。(pp. 162-163)

*92:彼らの足は地球人の足に比べると把握力がはるかに弱いのだ。(p. 193)

*93:テネブラ語の発音も無理でしょうな。声の高低によって意味を区別することばですし、その高い発音の多くは、人間の声域では無理ですからね。(p. 168)

*94:それぞれ慎重に削られた石の穂先のついた、長い槍と短い槍を二本ずつ携えていた。(p. 13)

*95:そいつがわれわれの捜索隊の一員だったら、左手の一つに斧を持っているはずだ。(p. 167)

*96:そいつのあとをつけようとする生き物の体に尖った石を打ちこむように設計された罠であった。(p. 14)

*97:それに、彼らは泳げないらしいわ。(p. 219)

*98:ニックの仲間は弓錐を使って摩擦によって火を起こすけど、そのほかの連中はまだそのやり方を知らないはずだ(p. 169)

*99:大部分の動物は鱗におおわれ、八本足のようだった。あたりの植物を食べて生きているものもあれば、共食いして生きているものもあるらしい。(p. 11)

*100:テネブラの食肉動物はあまり頭がよくないが、たいてい、そのような大きなグループは避けるのだった。(p. 68)

*101:付近の浮遊動物はもう家畜や家畜番には寄りつかず、家畜を襲おうとして殺されたり地上にたたき落とされた浮遊動物は、もうとっくに、腐肉を食う動物にすっかり食いつくされてしまっていた。(p. 187)

*102:もしこの惑星上の動物の、水晶体のない、トゲ状突起のたくさんある「目」の動きが彼らにわかっていたら、もっと望みをいだいたかもしれない。(p. 12)

*103:多少とも地球人のように眠っているか、あるいは、テネブラ星の動物に一般に見られるような夜間の麻痺状態に陥っているか、どちらかだった。(p. 16)

*104:翌朝、意識を回復して、目を薄くおおっている石英の結晶をはらいのけると、仲間はひとりのこらずそこにいたが、家畜の数は減っているように思われた。数えてみると、十頭いなくなっていることがわかった。鱗が少しばかり残っているだけだった。鱗がきわめて脆く、繁殖力によって生き残っている種類の家畜だったのは幸運だった。もしそうでなかったら、夜中にやってきた食肉動物は、ニックたちを襲ったかもしれない。海中に生き物がいることがわかったのは、一同には、まぎれもないショックだった。彼らとて、多少は自然科学に関する知識をもっていたので、そのような動物はいったいどこから酸素を取り入れるのだろうか、と思った。(pp. 93-94)

*105:近くの地表は、いくぶん草に似た植物にすっかりおおわれている。ロボットの通った跡を見ると、その植物は草よりもはるかに脆いらしい。それよりも丈の高い植物が、その多くはいちだんと高い地面に、不規則な間隔をおいて群生している。(略)植物のごく薄い葉状体ですらも。(pp. 9-10)

*106:「しかし、木は沈みます。どうやって木でボートを作ることができるのですか」(p. 191)

*107:木で筏を作って、それに乗って渡ってきたらどうかって言ってやったんですけど、この惑星の上では、木は沈んでしまうのね(p. 219)

*108:むろん、その大部分は、テネブラ星上の多くの植物の例にもれず脆くて、いかなる種類の建造にも適していなかった。しかし、長くてかなり弾力性のある枝や幹をもつものも少しはあって(p. 192)

*109:「たぶん、また、植物を食べる生き物でしょうね、ニックたちと同じくらいの大きさの。まっすぐ立ってくれるといいんだけど」(p. 149)

*110:完全に無視してかかっては危険な、空中に浮遊する動植物も、彼の背後に興味を示す気配はなかった。(p. 18)

*111:主な例外は浮遊生物で、これは動物というよりむしろ植物なのだ。(p. 68)

*112:これらの動物はかなり知能が発達しているか、あるいは少なくとも、概して、危険な事態をすぐに避けるようになった。(略)生き残ったものは家畜には寄りつかなくなった。(p. 197)

*113:前方から彼を見つけた浮遊動物が、地面すれすれのところまで降りてきて、彼の行く手をふさいだのだった。そいつはいたって小さなやつで、その触手よりは彼の腕のほうがまさっていた。彼がすばやくナイフで切りつけると、そいつのガス袋はぱっくり口をあけ、どうすることもできなくなって、彼の背後でもがき苦しんでいた。彼は武器を鞘におさめると、そいつの毒にちょっぴり痛めつけられた腕をさすりながら、ほとんどスピードを落とさずに前進をつづけた。(p. 21)

*114:有能な槍使いなら、そのような動物を地面にたたき落とせることは確かだったが、そいつの触手にやられずにすむことはほとんど不可能だった。その長さと毒は、動きの鈍さを補って余りあるものだった。(p. 197)

*115:その触手よりも長い槍を持ってさえいれば、これらの生物はまず確実に仕止めることができるのだが、そいつらのガス袋をパンクさせても、その有毒な付属器官の届く範囲内に近づくと危険なのだ。そういう怪物が一匹、家畜の群れのなかに落ちてきて、数頭の家畜がいのちを失い、同時にグループの二人が毒にひどくやられたことがあった。そして、助けを借りずにひとりで歩けるようになるまでには、何時間もかかった。(p. 68)

*116:見えるのは、空中に漂っている大きなクラゲみたいなものだけだわ。いろんな方向へゆっくり動いています。(pp. 181-182)

*117:それにまた、飛び方のおそい動物で――イージーが言ったように、動き方が地球上にいるクラゲに似ており(p. 197)

*118:それに、それらの浮遊動物の皮は脆すぎて、良質の革にはならないのだ。(p. 187)

*119:「彼らの体液に硫酸がまじっているとしても?」(p. 119)

*120:しかし、いわゆる『飛行』スピードが出せるところまで下降すれば、バチスカーフの主要浮力タンクが惑星上の大気でいっぱいになるはずです。そうなったら、彼女に電気分解装置の操作の仕方を教えてやります。そうすれば、タンクは水素でいっぱいになって、船は上昇し、ブースターを使える高度に達するはずです。そうなれば、彼女は連れといっしょに体を水平に安定させ、残りのブースターに点火することができます。われわれは上空で待っていればよい」(p. 81)

*121:それが活動中であるというようなことは――いや、活火山の証拠と受けとれるようなことは、ニックはなにも言ってはいなかった。たしかに風のことには触れていた。実は、三ヵ月ほど前にニックが通りかかったときには、それほど激しく活動してはいなかったのだ。(pp. 159-160)

*122:雨滴は一時間に優に二マイルの速さで火のほうへ向かっているのだった。雨滴を押しやっている気流が肌に感じられた――テネブラ星上にしては、大きなハリケーンである。(p. 156)

*123:少したって、火山があるのだと推測がつくと、少し意味がわかりかけてきた。テネブラのようなかなり圧縮した大気のなかでも、熱源が気流を引き起こすのだということがわかった。(p. 222)

*124:ときたまどこからか一匹ぐらい迷いこんでくるのなら、なんの不思議もないのだが、一時間に四匹もやってきたとなると、偶然の一致とは思えない。一同はとさかを立ててじっと空を見つめ、原因をつきとめようとしたが、南西に向かって流れている穏やかな気流は、火山からかなり離れているために、ごくかすかで、肌に感じられず、ましてや目に見えるはずもなかった。(p. 197)

*125:送りこむ過程において、かなりの量の気体が浪費されたにちがいないが、だれも気にしていないようだった。浮遊動物などいくらでもいるのだから。(p. 239)

*126:「甲高い声」(p. 35)

*127:耳をつんざくようなアミナドーネルドの声がスピーカーから響き渡った。(p. 149)

*128:「細長い巨人」(p. 37)

*129:後脚で立てば――彼らにとってはきわめて不自然なポーズなのだが――身の丈十フィートちかくあるだろう。全体的に見てイタチそっくりだ――どう贔屓目に見ても、カワウソといったところ。五対の手足の先端にある指には水かきがついている。手足自体は短くて逞しく、最初の二対の手足についている水かきは、肉膜のふさ毛のようなものに退化している(p .41)

*130:毛ははえていないが、その皮膚はどことなく、濡れたオットセイの毛皮に似たつやがある。(p .42)

*131:その巨体と十本の鉤爪をもった手足を見れば、たいていの地球人は警戒心をいだいたであろう。(p. 218)

*132:彼が十本の足全部を使って歩いてゆくことにレイカーは気づいた。(p .42)

*133:一対の黄緑色の目がスクリーンの映像を見すえ(p. 49)

*134:ドロム星人の視力は、地球人よりもすぐれているとはいわないまでも、地球人と同じくらい敏鋭だし(p. 183)

*135:「われわれは生後一年以内に、体格は一人前になるんですぞ」ドロム星人が噛みつかんばかりに言った。「わたしの息子は四歳なんだ。地球人の七歳ぐらいにあたる。(p. 50)

*136:カシオペア座エータ星は、ここから半パーセクも地球より遠いのだから、そんなに早く通信が届くわけがない。(p. 184)

*137:表面重力が地球の四倍ちかくある惑星に住んでいる(p .41)

*138:「彼の標準重力は四Gです」(p. 78)

*139:小さなガスタンク一式をささえた装具を身につけており、管が目立たぬよう口の端へとのびている。彼らは人間の標準よりも三分の一ほど高い酸素分圧に慣れているのだ。(p .41)

*140:「地球人にはドロム語は発音できませんよ。でも、あの娘は理解できるんですよ、わたしと同じようにね」(p. 168)

*141:やせた青ざめた顔。顔の上のもじゃもじゃの髪はスクリーンでは黒く見えるが、実は赤毛であることをレイカーは知っていた。(p. 71)

*142:「おびえた十二歳の少女の素顔がのぞいた」(p. 123)