大気圏突入時の熱は「摩擦熱」と呼べるのか?

大気圏突入の「だから摩擦熱じゃなくって断熱圧縮だろ!」(とり・みき)という話に関連して、ふと思い出したので短いけれど記事にしておく。

かつて熱と流体の専門家にこの点を尋ねたところ、「流体の摩擦は粘性由来で生じるものなので、断熱圧縮が主原因である大気圏突入体の加熱に対して『摩擦熱』を使うのは適切ではない」と教えられた。

そもそも流体抵抗の原因には粘性由来の「摩擦抵抗」と、流体が壁にぶつかり圧力が変化することで生じる「圧力抵抗(形状抵抗)」の2種類があり、我々の感じる空気抵抗はその2つの合計となる。突入体の前面で大気が圧縮されることによる抵抗は圧力抵抗なので、「抵抗だから摩擦」という安易な考えは間違いなのだそうだ。

また、巨視的に見たときも、摩擦は代表的な不可逆変化でエントロピーは増えるが、断熱圧縮/膨張は等エントロピー変化になるので、全く違う現象だと説明された。だから、大気圏突入時に「摩擦熱」という言葉を使うことは言い換えではなく別の現象になり、「言葉を平易にしているだけ」とは言えないのである。

この大気圏突入で生じる熱を微視的視点(分子運動論)でみると、「動く壁(宇宙船の前面など)に運動する分子が当たり、運動エネルギーが分子に与えられることで分子の平均速度が増加(=温度が上昇)する」ということになり、巨視的視点(普通の熱力学)でみると、「大気が圧縮される(=外から仕事が与えられる)ことで内部エネルギーが増加し、温度が上昇する」ということになるらしい。

まあ近年は以下のようにJAXAのWebサイトでも軽くだが説明されているので、断熱圧縮はかなりお馴染みの説明になっているはず。

とはいえ宇宙の専門家が一般向けにする大気圏突入の説明でも、短い尺で断熱圧縮の説明までするのが無理なのであえて「摩擦熱」で流すことがあったり、おそらく同様の理由からか「摩擦熱」と記述している宇宙開発の解説本などもあるので注意。

最後は懐かしい記事から引用して終わろう。

マ「大気の断熱圧縮による空力加熱……あんな自殺行為はもうこりごり!」

カ「だんねつあっしゅくぅ?」

せ「周囲と熱のやり取りがない状態で気体が圧縮されること、だっけ」

マ「そうだよ」

ビ「例えば自転車に空気を入れているとポンプが熱くなることがあるでしょ。あれは断熱圧縮で空気の温度が上がったからだよ」

カ「あるある!」

せ「そういえば、なんで『断熱』って言うの? 別にポンプが断熱材で覆われてるわけじゃないよね」

ビ「それはね、状態の変化があまりにも急で、周囲に逃げる熱の量が少ないので、断熱――つまり周囲との熱のやりとりがない状態だとみなしてるの」

マ「で、大気圏突入の時もそれと同じことが起こってる」

ビ「軌道速度で大気圏に突入すると、前方の空気が急激に圧縮されて熱が発生するんだよ」

カ「うーん……あれ? でもポンプみたいに周りに壁があったりはしないよね?」

せ「おおっ、あんたにしては鋭いとこ突くわね」

カ「えへへ、褒められちった!」

ビ「船長……それ褒めてないよ」

マ「ポイントは音速だね」

カ「音速?」

マ「モノが動いたら空気がよけるけど、これは空気の圧力が変化することで、そこでモノが動いているという情報が周りに伝わっているわけなんだ」

ビ「その圧力の変化が、音速で伝わるんだよね」

マ「そう。だからモノが超音速で動いている場合は、それに当たった空気の圧力変化がさらに前方に伝わる前にモノがやって来てしまう」

せ「そっか、それで前方の空気が急激に押し潰されちゃうのね」

カ「うー、なんか難しくなってきた……」

ビ「つまりね、壁がなくても空気が圧縮されるってことだよ」

カ「おお!」

ビ「軌道速度で動いている宇宙船とかは、音速の数十倍で突入するでしょ」

カ「えーっとね、そうすると前の空気が圧縮されて……ポンプと同じだから……そっか、熱くなるんだ!」

せ「凄い、凄いよあんた!」

カ「えへへ、褒められちった!」

マ「その通り。だから大気圏突入で熱が出て、圧力の増加した境界が衝撃波になる」

「銀河暇潰しガイド Vol. 5 大気圏に突入せよ!」中島諭宇樹『ひまスペ兎!』pp. 103-104, 集英社, 2012.