はじめに
本記事は、デニス・E・テイラー『われらはレギオン4 驚異のシリンダー世界』Heaven's River(金子浩=訳, ハヤカワ文庫SF, 2022, 原著2020)の作中に登場する超巨大構造物「ヘヴンズリヴァー」(別名「トポポリス」)について、著者のテイラー自身がブログで解説している2020年の記事を和訳したものである。ご本人の許可を得てここに公開する。
翻訳元記事:Heaven’s River – A Quick Description of the Megastructure – Dennis E. Taylor
天界の川――超巨大構造物についての簡単な解説
2020-10-08
※※※ネタバレ注意※※※
今回の作品〔『われらはレギオン4 驚異のシリンダー世界』〕をまだ読んでいないなら、この先は読まないほうがいい。
天界の川(ヘヴンズリヴァー)――トポポリス
ヘヴンズリヴァーについて、作中では十分に説明されていないというコメントをいくつか目にしたので、この投稿でもう少し詳しく説明することにした。
まずは、多くの人によく知られているオニールシリンダーから始めよう。『バビロン5』 *1を思い浮かべてほしい。オニールシリンダーは最も基本的なもので、大きなドラム缶を、その軸を中心に回転させることで、内面に遠心力による擬似重力を発生させる。シリンダー内への光の導入にはさまざまな設計が考えられているが、ヘヴンズリヴァーで使われているのは、シリンダー中心を走る構造体に設置された核融合動力光源である。
この構造物は素晴らしい代物だが、多少の危険に晒されているかもしれない。隕石の一撃を食らえば、シリンダーからは空気が抜けてしまう。映画『オデッセイ』でヨハンセンが言ったように、死なないためには空気が必要だ*2。そこで隕石の衝撃を吸収するために、岩や砕けやすい素材でできた、回転しない殻をシリンダーの周りにつける。外殻は回転せず、シリンダーからは分離しているため、シリンダーに負荷がかかることはない。外殻と内部シリンダーが接触しないように、その隙間には磁気ベアリングを入れる。
ここまではいい。しかし、単体のシリンダーであれば両端から出入りすることができる。できれば疑似重力のかからない軸に沿ってね。トポポリスはそうではない。トポポリスは、オニールシリンダーをとんでもない長さに引き伸ばしたものだと考えてほしい。結局のところ、どのような直径であれ、全長1マイル〔1.6 km〕のものを造ろうとするときほどには、10マイル〔16 km〕に伸ばすことは工学的な挑戦ではない。あるいは1,000マイル〔1,600 km〕でもいいし、またはヘヴンズリヴァーのように10億マイル〔16億km〕でもいい。
最後に、全長10億マイル〔16億km〕のオニールシリンダーの両端をつなぐと、輪っか(ループ)ができる。ヘヴンズリヴァーの場合、3億マイル〔4億8,000万km〕ほどの距離で星を1周する代わりに、1億マイル〔1.6億km〕ほどの距離で星を3周する構造になっている。これに工学的な理由はなく、単に面白いと思ったからだ。
ただしそうなると、出入りするのに便利な端が存在しない構造となる。どうするか? まあ、できることはただひとつ――側面から出入りするしかない。もちろん、言うは易く行うは難しであり、なぜならシリンダーが時速1,800マイル〔2,800 km〕で回転しているからだ。しかも、静止した殻の中に収まっている。そのため、静止した外殻を通り抜け、内殻のカーブに沿いながらどうにかして秒速1.5マイル〔2.4 km〕まで加速し、そしてどうにかして内殻を通り抜けないといけない。そこでスピントランスファー機構の登場だ。外殻に9箇所ある宇宙港のいずれかに着陸し、スピントランスファー機構の車輛に乗り込む。車輛は静止している外殻の内側に引かれた軌道に沿って、内殻と速度が合うまで加速し、内殻に固定されてドッキングする。そこから回転する内殻の内壁面までは、エレベータで移動するだけだ。
ヘヴンズリヴァー自体の半径は56マイル〔90 km〕で、それぞれ560マイル〔900 km〕ある区画で区切られて建造されている。この区画というのは、建造中に接続された個々のオニールシリンダーだと考えてほしい。
各区画の両端には障壁があり、幻想を保つため山のように作られている。この障壁は、何らかの破局的な空気流出に備えて、実際には端の部分を完全に閉鎖できるよう設計されている。
ヘヴンズリヴァー内部には4本の主要な川があり、それぞれが互い違いの方向へ流れている。しかし、クインラン人は半水生なので、川は蛇行し、支流などが存在するように設計されている。これによって利用可能な川と川岸が増え、クインラン人の理想的な生息地となっている。
内部の環境には丘や谷などの地形が存在する。しかし、建造者がその丘を作るために、大量の石や土を運び込んで積み上げる理由はない。実際、余分な重量は工学的な要求を増やすだけだ。そのため、この地形は内殻につくりつけられている。『リングワールド』でも似たようなものがあり、主人公たちがリングワールドの大地を裏側から見ると、地形が反転した形状を見ることができる。
この設計によって丘や山の下に何もない空間が生じるので、そこが管理センターやメンテナンスセンターなどのインフラ施設を置くのに最適な場所となる。
他にもいくつかポイントがある。
リングワールドと同じく、トポポリスの軌道は安定しない。厳密には、軌道を回っているわけでもない。だから軌道を調整する設備が必要になる。『われらはレギオン4 驚異のシリンダー世界』ではストーリーに関係なかったので取り上げなかったが、私は恒星の磁場を利用した磁気浮上システムのようなものを想像していた。
トポポリスは「曲がっている」。ライカーとビルが作中でこのことについて少し触れているが*3、基本的なポイントは、曲がりが非常に小さいために伸縮継手(エキスパンション・ジョイント)が不要で、材料疲労の問題もないということだ。私たちの現実の生活では、普段からほとんどの構造物がそれよりもはるかに大きく曲がっている。
訳者付記
元記事のコメント欄で交わされていた著者の応答によると、全体の見た目としては「緩いループ」と言えるような構造らしい。そこで著者がリンクを貼っていたトーラス結び目の図を参考にして、ヘヴンズリヴァーの全体形状を3DCGで作成してみた。ただし、シリンダー直径は作中や上記の解説に従うと180 km程度らしいが、それでは全景が入る距離からだと細すぎて見えなくなるため、この画では実際の約1万倍ほどになっているので注意。中心のうさぎ座イータ星はF型星らしいので、黄白色になるはず。
言うまでもないことだが、このトポポリスという超巨大構造物の概念は、パット・ガンケル(Pat Gunkel)が考案し、ラリイ・ニーヴン(Larry Niven)のSFエッセイ「巨大な世界」"Bigger Than Worlds"(1974)で紹介されて広まったものである。
*1:1990年代に放送された米国のSFテレビドラマ。大型の回転式宇宙ステーション「バビロン5」を主な舞台とする。
*2:システムエンジニア兼原子炉技術者のキャラクター、ベス・ヨハンセンの台詞。ここでは原作『火星の人』The Martianではなく映画版の台詞からか。“And... all the air would leave. And we need air. To not die.”
*3:ビルは癇癪を起こしたウィルにほほえみかけた。「大きさを考えろよ。このひもが何百万キロかごとに一キロねじれてたって、伸縮継手(エキスパンション・ジョイント)すらいらないんだ。一キロあたりだとほんの数ミリねじれてるだけなんだからな。ひとりの歩行者がゴールデン・ゲート・ブリッジを渡ったときほどもたわんでないんだ」(デニス・E・テイラー『われらはレギオン4 驚異のシリンダー世界』上, 金子浩=訳, ハヤカワ文庫SF)