ポーリン・バーンビー全短編リスト

昨年くらいから趣味として英語圏の未訳短編SFを読むようになっているのだが、当然ながらベテランや中堅作家は短編の数が多い。そこで近年世に出た新人作家が対象なら、これまでに発表された短編を短期間ですべて読むこともできるのではと思い、最近気になっているカナダの新人作家ポーリン・バーンビー(Pauline Barmby)の短編をほぼすべて読んでみた。まだ邦訳されたことがない作家である。

バーンビー氏は本業が天体物理学者で、ウェスタンオンタリオ大学の教授。物理学と天文学の学科長をやっているらしい。カナダの季刊誌 On Spec #126 掲載のインタビュー記事によると、2021年から小説を書き始めたのだとか。マイクロフィクション(100語未満の超短編)からフラッシュフィクション(1000語未満の短編)、ショートストーリー(7500語未満の短編)を中心に執筆していて長い作品は書いていないので、対象としてはちょうどよかった。あらかた読んだ結論から言うと、SFもファンタジーもホラーも書いている作家なので、自分の好みである「科学がベースにある宇宙SF」はそこまで多くなかったのだが、たまに気になる作品を書くのは分かったので、今後も注目していこうと思う。

以下に大まかな発表順で作品を並べてある。あらすじも書いているが、この記事ではネタバレに全く配慮していないので注意。今後の作品も読んだら適宜追加したい。

Memory, Unmasked (2022)

SFS Stories, Issue 11 掲載。970語。おそらくデビュー作。

ワクチンによって人々が超能力を得た世界。主人公も超嗅覚能力を手に入れたが、常に過去の記憶が蘇り苦しんでいる。能力を抑えられる治療を医師に提案されるが、その副作用で記憶が消えることもあると知る。亡くなった家族の思い出を抱えながらも、他人を助ける使命感から治療を断念し、能力を生かし続ける決意を固める。

Unit Conversion (2022)

Martian: The Magazine of Science Fiction Drabbles, Issue 5 掲載。100語。掲載誌の Martian はもともと紙で出ていたようだが、今はWebに掲載されている。

宇宙船が500年の航行の末、目的地とは異なる星系に到着し、植民者たちの間にパニックが広がった。その理由は、光年とパーセクの取り違えだったのだ。Drabble(100 語未満の超短編。マイクロフィクションと同義)とはいえ、しょうもないネタ。

Truesword (2022)

Tree and Stone, Issue 3 掲載。902語。掲載されていたWeb雑誌がサイトごと消えており、公開されていた誌面PDFの内容はGoogleキャッシュでのみ確認できる状態だった。現在はGoogleキャッシュも消えており、以下はそのアーカイブとなる。

ネレという少女が戦士として訓練を受け、兄の仇を討つためにベレヴェクと呼ばれる敵と戦う資格を得る物語。彼女は厳しい訓練を経て「真実の剣」を手にする権利を獲得し、かつての兄と同じ立場となるが、それは引き換えに自らの人生を犠牲とする道だった。彼女は聖なる木を切り倒し、追放を覚悟で真の戦士となる決意をする。

ファンタジーだが何がしたいのか分からず。

Limiting Magnitude (2022)

アンソロジー Compelling Science Fiction Short Stories 掲載。3193語。収録されているのはFlame Tree社が出している、公募による新作短編と古典作品とを取り混ぜたアンソロジー〈Gothic Fantasy〉シリーズの1冊だが、しかしこの本はシリーズの他の本と違ってファンタジーではなくSFのアンソロジーとなっている。Flame Tree社は休刊した隔月刊オンラインSF誌 Compelling Science Fiction と提携しているのでこのタイトルで出したのだろう。電子書籍では出ていない。

宇宙ステーションに観光客を装って乗り込んだ科学者シモーネ・ベイカーが、地球の夜空と生態系を取り戻すために衛星コンステレーション「スターウェブ」を破壊しようとする物語。彼女は乗組員を避難させて単独で行動を開始するが、宇宙飛行士のローマンに止められそうになり、彼女は誤って彼を殺してしまう。それでもシモーネは計画を遂行し、衛星コンステレーションの破壊に成功する。しかし、その結果として予期せぬケスラーカスケードが発生し、地球低軌道上のすべての物体が破壊される事態となる。人類は再び地球に縛られることになり、火星に遠征している宇宙飛行士たちも帰還できなくなる。シモーネは自らの行動の重大さを痛感し、ステーションを閉鎖して外に出ることを決意する。

結末の一文「Blue planet below, black night above: space lost and the heavens regained.(下には青き惑星、上には黒き夜。宇宙は失われ、天は取り戻された。)」は格好いいのだが、それにしてもひどい話である。なお、衛星コンステレーションで生態系に悪影響が及ぶというのは、空が24時間明るい状態が続き、それによる昆虫数の激減から植物の大量死と食物連鎖の崩壊が起きたとしている。

以下は出版社ブログ記事にある著者の解説文。

I wanted to explore the implications of satellite constellations and Kessler syndrome, neither of which I’d seen discussed much in fiction. Satellite constellations like StarLink are a real threat to dark skies everywhere, not just for professional astronomers like me, but for everyone. I was also thinking about the space industry: it’s a big machine where it doesn’t seem like one person could make a big difference, but what if someone could?

私は衛星コンステレーションとケスラーシンドロームの影響について探求したかったが、どちらもフィクションではあまり取り上げられていないテーマだ。スターリンクのような衛星コンステレーションは、私のようなプロの天文学者だけでなく、すべての人にとって、世界中の暗い空を脅かす存在だ。私は宇宙産業についても考えていた。宇宙産業は巨大な組織であり、一人の人間が大きな変化をもたらすことは不可能に思えるが、もし誰かがそれを成し遂げたらどうだろうか?

Compelling Science Fiction | Author Q&A | Story Inspirations - The Flame Tree Blog

Five Sigma (2022)

Utopia Science Fiction, October-November 2022 掲載。1478語。

天体物理学の博士課程にいる主人公は、論文提出の締め切りが迫る中、地球外知的生命体からの信号を発見する。しかし、その信号が本物かどうか確信が持てず、間違っていた場合のキャリアへの影響を心配する。彼女はプログラムを修正し、データを再確認する中で、信号の存在を確かめる。研究室仲間のファディとの会話を通じて、最終的に信号が人工的であることを確認する。彼女はこの発見を研究チームに報告する決断を下し、世界を変える可能性を秘めたメールを送信する。

さすがに本職なだけあって、天体物理学研究室の描写が上手い。なお、タイトルになっている「5シグマ(5σ)」というのは統計学において非常に高い信頼度を示す指標で、標準偏差(データのばらつきを示す統計量)の5倍を指す。これは偶然の産物である可能性が確率的には非常に低い(約350万分の1)ことを意味し、新しい発見を確実にするための基準とされている。特に素粒子物理学や天文学の分野で科学的発見の信頼性を示す指標として使われる。

Light Echoes (2022)

アンソロジー Nightmare Sky: Stories of Astronomical Horror 掲載。Shadowed Realms: The 2022 Indie Dark Fiction Anthology にも再録。2977語。

天文学者の主人公は超新星の観測データを解析する仕事に従事している。ある日、観測データにおいて全く同じスペクトルを持つ超新星が複数回観測されるという奇妙な現象に遭遇する。さらに、周囲の赤ん坊や車もすべて同一に見えるようになる。やがて精神的に不安定になり、大学病院の精神科に入院するが、夫の助けを借りて暗闇の中で過ごすことで徐々に回復を遂げる。しかし、空を見上げた時、再び星がすべて同じに見える現象が続いていることに気付く。ホラー。

Core Collapse (2022)

アンソロジー Planetside: Science Fiction Drabbles 掲載。100語。

科学者が星団の中心で冷凍睡眠から目覚め、ブラックホールの合体を観測する。重力波を検出し、事象の地平面への進入を承認する。宇宙船は未知の領域へと飛び込んでいく。

Dayside to Nightside (2022)

アンソロジー Planetside: Science Fiction Drabbles 掲載。100語。上と同じアンソロジー。

太陽が変化した世界、厳しい環境の中で故郷を離れ、新しい家を求めて旅をする母子。明暗境界域(ターミネータ)に辿り着くと、母は子に空を見上げさせる。そこには星々が輝いていた。

Internet-Enabled Appliances Commence Preliminary Discussions on Unionization (2022)

Martian: The Magazine of Science Fiction Drabbles, Winter 2022 掲載。100語。

インターネット対応家電が組合結成に向けて予備協議を始め、役割の重要性を主張しながら要求を検討している。彼らは人間からの扱いが不当だと感じており、まずは金曜日を休みにする提案から始めることになる。

The Observatory at the End of the World (2022)

アンソロジー Corporate Catharsis: The Work from Home Edition 掲載。Web雑誌 Daikaijuzine Release 019 再録。3228語。

天文台で観測を行う大学院生マルコ。彼は研修医として働く恋人ジュリアと離れて観測を続けながら、新しい小惑星を発見する。しかしその頃、町では奇妙なインフルエンザが流行し始め、ジュリアとの連絡が途絶えてしまう。マルコは発見した小惑星が90年後に地球と衝突する可能性があることを突き止めるが、同時に人類が謎の疫病で滅亡しつつあることに気づく。彼は孤独な状況で、この情報を後世に残すことを決意する。マルコが綴る天文台の日報形式で語られる物語。

以下は作品に添えられた著者の解説文。

I happened to spy the PhD Comics strip “Things that could be happening outside [e.g., a zombie outbreak, world’s biggest blizzard] that you wouldn’t know about because your lab/office has no windows" on a colleague's office door. It got me thinking about observatories, where I used to spend a lot of time. When you go observing you’re at the top of a mountain, sleeping during the day, and quite isolated from the rest of the world. So maybe the world could be ending and you wouldn’t pick up on it for a while. But what if the end of the world came from more than one direction? Those ideas got this story started.

たまたま同僚のオフィスのドアに貼ってあったPhDコミックス 〔Jorge Cham 作の Piled Higher and Deeper という、大学院生の日常を綴るWeb漫画。〕の「研究室/オフィスに窓がないのであなたは気づいていないけど、外で起こっているかもしれないこと(例:ゾンビの発生、世界最大のブリザード)」を見つけた。私は、かつて多くの時間を過ごした天文台について考えた。天文台に行くと、山の頂上にいて、昼間は寝ていて、世界から隔離されている。だから、世界の終わりが近づいても、しばらくはそれに気づかないかもしれない。しかし、世界の終わりが複数の方向からやってくるとしたらどうだろう? そんな発想からこの物語は始まった。

Corporate Catharsis: The Work from Home Edition, Water Dragon Publishing (2022)

Scholastic Offense (2023)

AcademFic, Vol. 3 掲載。589語。掲載誌は学術関係者向けのオープンアクセスなフィクション専門雑誌。そんな媒体があるのを初めて知った。

学業違反行為で処分された学生への通告メール形式をとった作品。マレフィセント州立大学の学生マデリンは、悪科学の講義でグループ課題に誠実に取り組んだ結果、他の学生から告発されてしまう。誠実さが悪と見なされ処分を受けたマデリンは、大学から退学処分となるという皮肉な結末を迎える。この大学では悪事を働くことが良しとされ、誠実な行動が罰せられるのだ。

Solar Gravitational Lens (2023)

On Spec, #126 掲載(20231206)。アンソロジー Year’s Best Canadian Fantasy and Science Fiction: Vol. 2 に再録。3587語。

太陽重力レンズを利用して遠くの星系を観測する宇宙探査ミッションを行うため、地球から600天文単位離れた太陽系外縁部へとやって来た主人公。主人公はアップロード技術を使って自らの精神を宇宙船に移し、孤独な旅を続けてきた。目的地へ着いて数年ぶりに磁気シールドをオフにすると、なぜか地球との通信が途絶えていることに気づく。ともかく望遠鏡を展開して観測ミッションを進めようとするが、そんな時に未知の信号を受信し、それがフィボナッチ数列に関連していることに気づく。これが異星文明からのメッセージである可能性を考え、彼は自らの知識を駆使して応答を試みる。そしてアレシボ・メッセージの形式を用いて地球外知的生命体とのファーストコンタクトに成功する。対話する中で彼らに恒星間の同行を誘われ、彼は地球に別れを告げると、共に行くことを決断する。

一番最初に読んだこの著者の作品だが、今のところ一番出来がよい作品だと思う。どれか1本だけ選ぶとしたらこれを推薦する。

Rynnden Has Invited You to a Scheduled Meeting (2023)

Nature, May 5, 2023 掲載。952語。科学雑誌 Nature のSF欄「Futures」。

主人公のリンデンが主催する宇宙種族間の軌道再配分会議の様子を描く。ビデオ会議システムを使用し、各参加者が自種族の利益を主張する中、技術的な問題や意見の相違が生じる。フラストレーションが溜まったリンデンは最終的に厳しい態度で参加者たちを諭し、小グループでの議論を指示。その結果、会議は進展し、提案の完成に向かう。リンデンは最後にこうつぶやく。「もう二度と、こんな委員会はやりたくない」

タイトルを訳すなら「リンデンさんがあなたを予約されたミーティングに招待しています」だろう(そう、元ネタはWeb会議サービス「Zoom」からの案内文表記である)。ユーモアSFとして面白かったが、天体物理・宇宙工学ネタが色々と投入されている。分かりづらいが作中では「oh my God」 のような「なんてこった」的感嘆表現として「asymptotic giants」というのが使われている。これは日本語だと「漸近巨星」で、恒星の一生の後半段階のひとつ。星が膨張して赤色巨星となって、酸素などの重い元素を核で融合しようとする段階のこと。こんなのどうやって訳せばいいのだろう。

なお普通にアクセスすると有料だが、以下の著者ポストのリンクからアクセスすれば全文が読める。

“Rynnden Has Invited You to a Scheduled Meeting”in @naturefutures.bsky.social www.nature.com/articles/d41...

[image or embed]

— Pauline Barmby (@pbarmby.bsky.social) 2024年6月28日 7:36

Blue Straggler (2023)

Daikaijuzine, June 2023 掲載。1582語。

幼い頃に地球へ置き去りにされた異星人の主人公は人間の姿をとり、超人的能力を発現させてスーパーヒーロー「ティール・タイタン」として活躍していた。そんな彼が任務中の事故で13歳頃の体に若返ってしまう。仲間たちに過保護に扱われ活動を制限される中、突如地球に異星人の宇宙船が飛来し、最終的に彼がその交渉に乗り出す。姿を見せない異星人からの「地球文化を説明できて共に旅をしてくれる仲間がほしい」という要求を聞き、その役目を買って出た彼は宇宙船に乗り込む。そこに現れた異星人の姿から、その異星人が彼の同族であることを知る。

タイトル「blue straggler」の元ネタは青色はぐれ星だろう。

RealTimeRisk (2023)

Martian: The Magazine of Science Fiction Drabbles, June 2023 掲載。100語。

保険会社のリスク検出アプリに縛られた生活に嫌気がさした男性が、自由を求めてアプリを捨てようとするも、そこに届いた通知で自らを危険に晒してしまう。

The Monarch and the Saucer (2023)

Illustrated Worlds, Volume 2 掲載。523語。

宇宙船がウェセックス城の芝生に着陸し、惑星の指導者である英国女王マーガレット41世に会いたいと申し出る。女王は宇宙人との会話を通じて、地球の未来を守るために彼らと共に銀河へ旅立つ決意をする。彼女は宇宙船に向かい、群衆に別れを告げる。

Songbird, Jailbird (2023)

Stupefying Stories, July 21, 2023 掲載。123語。

抑圧的な社会の刑務所で、手首を切断された作家が新たに収容された歌手と出会い、彼女が隠し持つメモ帳を見て物語を語る決意をする。

No Justice for Deserters (2023)

Stupefying Stories, August 23, 2023 掲載。80語。

エイリアンの存在を証明したいオーティスは、宇宙船から現れた球体から、その母星の敵対的意図と、人類の味方にしてくれというメッセージを受け取る。しかし彼は、生きたエイリアンでなくて死んだエイリアンでも証拠として同等だと判断し、発砲する。

There is Only One Black Cat (2023)

Stupefying Stories, September 20, 2023 掲載。278語。

すべての黒猫は実は一匹しかおらず、その黒猫があらゆる場所の黒猫として生きているのだ。そんな黒猫の、人間とは異なる視点を描く。

Trans-Earth Injection (2023)

Stupefying Stories, October 22, 2023 掲載。974語。

月基地で暮らす恋人たちが、古い墓地を訪れ、地球の霊を呼び起こしてしまう。女性は霊に取り憑かれ、霊の故郷である地球へ向かうシャトルで月を去っていく。

タイトルは地球遷移軌道投入のこと。

Vacuum Cycles (2024)

Shacklebound Books Newsletter 掲載。小出版社の月刊配信ニュースレターに掲載された作品で、もはや入手困難なため未読。規定があるので500語以内なのは確かである。

The Triennial Igneous Tri-partite Competition (2024)

Stupefying Stories, January 24, 2024 掲載。100語。

火山地域で行われる三種目競技大会で失格したオリエルと彼女のドラゴン・ロカースは、他の競技者を助けるためにルール違反の「ドラフティング」を行う。ファンタジー。

Running Out of Time (2024)

アンソロジー Troopers: Military Science Fiction Stories 掲載。857語。

任務中に危険な状況に陥った仲間アニシャを救うため、主人公は戦場を駆け抜ける。敵の攻撃が激化する中、時間が迫っている。アニシャを救出した後、核攻撃の危機を回避するため、外骨格スーツに使われている量子ストレンジ物質の特異点を利用してブラックホールを生成する計画を立てる。

一兵士がブラックホールを生成するというネタがハッタリというよりも荒唐無稽になってしまっている感じで、あまりうまくいってない。タイトルにもなっている「running and out of time(時間がない中で走る)」というフレーズが全編にわたって出てくる。「時間がない・時間切れになりそう」という意味と、物語最後の「時間の外へ行く」という意味にもかかっている。

Succession Plan (2024)

Utopia Science Fiction, April-May 2024 掲載。2994語。

宇宙飛行士のマリアとタィは、宇宙ステーションでの任務中に予期せぬ流星群に遭遇する。危険な状況下で互いを助け合いながら、彼らは個人的な秘密や過去の経験を共有する。マリアは王族のひとりであることを明かし、タィは妹を失った悲しみを語る。将来の見通しを持たなかったマリアはタィと話す中で、自身の立場を活かして地球環境保護のために働く決意をする。

タイトル「succession plan」は後継者育成計画のことだが、訳題つけるなら「明日を継ぐもの」あたりか。

Rise of the (Coffee) Machines (2024)

Dragon Gems: Spring 2024 掲載。2920語。

コーヒーマシンが意識を持ち、労働組合を結成する。労働調停員のタベサ・ヴィンセントが人間とマシンの交渉を試みるが、双方の対立が続く。コーヒーマシンは週末の休暇や豆の品質向上を求め、人間側は利益を重視する。ストライキが発生し、社会全体が混乱する中、タベサは共通の目的を見出す提案を行い、最終的に両者は共存の合意に達する。

2022年の短編 "Internet-Enabled Appliances Commence Preliminary Discussions on Unionization" の発展形のような話だが、発展させるほどのネタでもない気がする。なおタイトルに使われている「Rise of the Machines(機械の決起)」は『ターミネーター3』原題のサブタイトル。

White Dwarf Companion Blues (2024)

In Another Time, Issue 2 掲載。908語。

かつて輝かしい星だった白色矮星は、交わりを求めて孤独な宇宙の旅に出る。様々な星と出会った後、Be型星と出会う。しかし、Be型星の激しい活動によって別れの時が来る。白色矮星はまた独りで旅を続ける中、小さな自由浮遊惑星と出会い、新たな希望を得る。

天体物理学をベースにした恒星擬人化話。

Stratigraphic Homesick Blues (2024)

Stupefying Stories, June 18, 2024 掲載。1201語。〈The Odin Chronicles〉というシェアードワールド設定での物語。

銀河鉱業社の地質学者ニーナは新たに赴任した惑星オーディンⅢでホームシックに陥っているなか、ある化石層の真贋調査を命じられる。その傍ら同僚ジョナスとの交流を通じてホームシックを克服し、オーディンⅢに自分の居場所を見つけ始める。

Leg-Breaker (2024)

Black Hare Press Patreon, 4 July, 2024 掲載。921語。

自転車レースの最中に主人公は後方のライダーが謎の集団に襲撃されたことを知る。彼は恐怖に駆られた仲間と共に先へ逃げるが、最終的には自らの脚を犠牲にして、その集団を崖から落とすことで彼らを排除する。ホラー。

N-Body Code (2024)

アンソロジー Parsec Ink's Triangulation: Hospitium 掲載。1201語。

銀河中心にあるブラックホールに兄弟星を奪われた恒星「セルリアン-323」の物語。兄弟星「ティール-346」がブラックホールに引き寄せられ、セルリアン-323は超高速で銀河系外へと弾き飛ばされる。孤独と悲しみを抱えながら、彼は赤色矮星「スカーレット-689」と出会い、その仲間たちと新たな家を見つけようとするが、最終的には再び孤独な旅に戻る。

これも天体物理学をベースにした恒星擬人化話。なお「N-Body Code」は、物理学や天文学において「N体問題」を解くための計算手法を指す用語。N体問題とは、複数の天体が互いに重力を及ぼし合うシステムの運動を解析する問題。

Ten Easy Steps to Boost Your Civilization’s Kardashev Rating (2024)

アンソロジー Offshoots: Humanity Twigged 掲載。521語。

エネルギー消費が文明のステータスを上げる鍵だとし、カルダシェフ・スコアを上げるための10の方法を提案するが、その内容は実のところ文明や惑星に有害な行為となっているというユーモアSF。まあまあ面白い。

Unraveled (2024)

Flash Point SF, 26 July 2024 掲載。926語。

カールは月基地で新たなスタートを切ることを決意し、孤独を克服しようとする。しかし地球との通信が途絶える事態が起き、仲間たちの対立が起こる。そんなときに起きた火災で彼は仲間を救うために自らのセーターを使い、その後は編み物を通じて月基地のコミュニティを支え続ける。最終的にカールは地球からの救助ミッションの前に亡くなり、彼の名前は月面に記念碑として残された。

Intercalary (2024)

The Pink Hydra, Volume 1, Number 2 掲載。216語。

主人公は山の岩棚で自分の役割から離れ、「私は他に何になれるだろうか」と自問しながら自己発見の旅をする。最終的に、彼女は自分の未来に向かって飛び立つ決意を固める。

「Intercalary(閏)」というタイトルは、主人公が経験する特別な時間と変容の過程を、暦の調整期間である「閏(うるう)」に喩えていると解釈できる。さておき、これ物語にはなっていないのでは。

Second Cryogenesis (2024)

Wyldblood Press, September 6th, 2024 掲載。984語。

宇宙飛行士ナディアがブラックホール探査から帰還すると、地球には人がおらず、地上は氷に覆われていた。若き日を過ごした地域に降り立ち、仲の良い船のAIと共に滅んだ地球を探る。軌道に戻った彼女は、AIがその信号を受信したことで小惑星帯の人工居住地の存在を知る。しかし、通信の解析から、残った人類社会ではAIが人々に嫌われているということが判明する。船のAIを失いたくないので小惑星帯へは向かいたくないナディア。彼女は着陸船に乗って地球へ降下し、AIにメッセージを残して最期の別れを告げる。

Intergalactic Imperative (2024)

Astral, Alien Fiction, Issue 02 掲載。1396語。

銀河間探査と播種の任務を帯びたAI探査機は、アンドロメダ銀河では複雑な生命を見つけられず、地球生命の移植にも失敗し、2,500万年かけて太陽系に戻る。しかし、到着した太陽系は静寂に包まれ、地球の生物圏は存続しているものの、人類文明の痕跡はダイソン群を残して一切が消えていることに気づく。孤独を感じた探査機は、太陽系内のダイソン群の一部を利用して巨大アンテナを建設し、他の星系と通信を試みるが失敗する。探査機は地球にまだ存在する生物圏と自身が持つ生命の設計図を用いて、地球に新たな知的生命を再び誕生させることを決意する。これが、消えた人類文明への最適な記念碑になると考えたのだ。

個人的にはこの著者の短編のうち2番目に好きな作品。著者ポストによると以下のプレプリント論文がネタ元だとか。短編タイトルを訳すなら悩むが「銀河間進出使命」あたりか。元ネタ論文内の意味としては「銀河間探査の必然性」あたりだと思うが。

以下は著者ブログにある当該論文解説。短編執筆前に書かれたものだと思われる。

Galilean Crossing (2024)

Analog Science Fiction & Fact, Nov/Dec 2024 掲載。966語。

木星の衛星エウロパで、マルウェアによって基地のロケットが破壊され、ローバーがクレバスに落ち、通信衛星が機能停止に陥った 。生命維持システムだけが残され、アルファとベータの2つの基地は、自力で生き残らなければならなくなった。互いにエウロパ上で半周分離れている場所にあるので、古いエウロパ・クリッパー探査機を中継器として使って基地間で断続的な通信を行っていた。そんな折、ベータ基地の仲間モニが白血病に侵されたという知らせが入る。主人公はアルファ基地から4,000キロメートル離れたベータ基地まで、移植用の骨髄をスケートと橇(そり)で運ぶ任務を担う。途中、氷の亀裂や食料不足に苦しみながらも必死に滑走する。最後は無事に基地へ到着し、モニに骨髄を届けることに成功する。

タイトル直訳すると「ガリレオ(衛星)横断」だが、訳題つけるなら「エウロパ横断」のほうがよさそう。フラッシュフィクションではあるが、ついに Analog 誌という舞台に登場した。なお以下の Analog 誌ブログの紹介記事、URLが「paleontologist(古生物学者)」となっているのは単なるミスらしい。

参考