ハル・クレメント「危険因子」 Critical Factor(1953)

ハル・クレメント(Hal Clement)の短編は3本しか邦訳されていないのだが、そのひとつ。なお、この記事ではネタバレに全く配慮していないので注意。

  • 初出:Star Science Fiction Stories No. 2, 1953
  • 邦訳:大野二郎=訳, 『SFマガジン』1965年3月号(No. 66)イラスト=表記なしだが、おそらく金森 達*1

あらすじ

地球の地殻内には液体生命体が棲息していた。そのひとりのペントング(Pentong)は、命令を受けて赴いていた南への探検行から帰還する。彼が帰り着いた都市はメキシコ湾の地下に位置しており。その人口は600億にものぼり過密状態だった。ペントングは、〈空虚〉(海のこと)に挟まれた岩の道を通って辿り着いた南の果てで、食用の岩(石灰岩)も存在する新大陸(南極大陸)を発見したことについて報告する。そしてそこが「固体化した海」(氷)に覆われているらしいことまで調査していた。彼は、その「固体化した海」を溶かせば海面が広がるはずなので、岩越しに有毒な酸素が浸透してくる場所(大地が大気と接する面積)が減り、現在の大陸における居住領域を広げられるのでは、と大胆な構想を提案する。

しばし後、研究班を率いた〈思索家〉ダーレル(Derrell)は深い地中に生じた珍しい気泡(空洞)の観察から、未知の力(重力)の存在を発見する。そんなダーレルに伝えられたペントングの計画は、岩漿(マグマ)を地表まで移動させることで「固体化した海」を溶かすというもので、しかも地表を覆う氷がこの大陸にもあるかもしれないという考えから、岩漿噴出をこの大陸上でも行う構想にまで広がっていた。これが実施されると南北アメリカ大陸の大半が溶岩で覆われることになる。ダーレルらは未知の力が固体化した〈空虚〉の中でもはたらくかもしれないと考え、計画への影響を考慮し、さらなる気泡を探し出して調査を続けることにする。そんななかでダーレルは、種族のうちで初めて「重力による加速」を事故で経験することになった(つまり落下)。何とか助かったダーレルだが、まだよく分からないこの〈力〉とその影響についてもっと調査するため、ペントングの計画を延期するよう都市に提案することを決めるのであった。

メモ

本作品に人間は一切出てこないし、液体生命体は人類の存在すら知らない。前半のペントングのシーンよりも、後半のダーレルの観察シーンが見せ場だろう。本作の初出は雑誌ではなくアンソロジーで、その後に出たクレメントの短編集にはどれにも収録されていないのだが、その理由は不明。もしかしたらプレートテクトニクスが確立される以前の話だからかもしれない。原題はやはり「(人類にとっての)危険因子」と「(重力という新発見の)重要な要素」をかけている気がする。なお、訳者の大野二郎は伊藤典夫の別名儀。

ところで、訳載された誌面では扉ページ紹介文で以下のように記されていた。

アメリカのSFファンのあいだで、ただ、たんに“The Game”と呼ばれている遊びがあります。プレーヤーの一方は作家、対するは読者。この両者が、SF雑誌のお便り欄で、数ヵ月前に載ったその作家の小説の科学的考証、外挿の誤りなどについて、丁々発止とわたりあうわけです。この遊びのもっとも盛んだった一九四〇年代には、お便り欄も小さな活字で十ページあまりあり、読者にかっこうの発言の場を提供していました。きめられたルールは一つ――作家に対する私的な攻撃は許されません。

むろん、作家の中にも、好んで読者に挑戦しようとする連中がいます。その筆頭が、ハル・クレメント。

『SFマガジン』1965年3月号(No. 66), p. 75.

クレメントのことについて調べていると「ゲーム」という語がよく出てきて、本人もエッセイ「メスクリン創成記」(原題 "Whirligig World", 1953)で使っているのでその意味も分かるのだが、この紹介文でその起源を理解した。まあ、こんなことをやっていたのは基本的に Astounding 誌だけだろうとは思うが……。

*1:目次ページの誌面カット担当表記にまとめて真鍋博・中島靖侃・金森達の3名の名前があるので、そこから絵柄で判断。