ハル・クレメント「常識はずれ」 Uncommon Sense(1945)

ハル・クレメント(Hal Clement)の短編は3本しか邦訳されていないのだが、そのひとつ。なお、この記事ではネタバレに全く配慮していないので注意。

  • 初出:Astounding Science Fiction, September 1945
  • 邦訳:鷲見玲子=訳, 『SFマガジン』1976年2月号(No. 207)イラスト=村上 遊
  • 原著収録先(現在入手が容易なもの):The Best of Hal Clement / Small Changes

あらすじ

恒星間を渡って各地でさまざまな生物を発見・収集している、いわばアマチュアの博物学徒か生物学徒といった体の主人公レアード・カニンガム。恒星として最大級の明るさを誇るデネブを周回する小さな惑星への着陸時、同乗していた2人の部下に宇宙船を奪われてしまう。しかし強奪計画を直前に察知した彼は、船の操縦ユニットを破壊して地表へ脱出・逃亡した。カニンガムはそこでいくつかの生物を発見し、観察を続けてその特殊な感覚器官について知見を得ると、最終的にそれを利用して船の奪還に成功する。

われわれにとって、目とは、そこにとびこんでくるような放射により像を結ぶ器官である。そして鼻は、そこにはいってくる分子の存在を検知するしかけだ。後者の源をとらえるには、脳による思考の力が必要である。だが、そのにおいの源のかたちを像に結ぶ器官があったとしたら、いったいそれを何と呼んだらいいのだろうか?

それこそ、まさしくあの「目」の行なっていたことであった。この小さな惑星表面の、ほとんど完全な真空中では、気体は急激に拡散し――その分子は、事実上直線をなして飛ぶのだ。それをとらえるピンホール・カメラというアイデアに、何もおかしな点はない。その網膜が、感光器官の幹状体や円錐体でなく、嗅覚の末端神経で構成されていればいいのである。

これで、ぜんぶつじつまが合った。当然、あの生物は、観察対象から反射されてくる光の量には無関心なわけだ。デネブの放射に照らされた平地の輝き、それに比較すれば闇黒にひとしい洞窟、彼らにとってはどっちも同じことなのだ――その近くの何かが、分子を発散してさえいれば。だが、そうでないものがあるだろうか? どんな物質にも、固体だろうと液体だろうと、その蒸気圧というものがある。デネブの放射のもとでは、ふつうなら思いもよらぬような物質――とくに金属など――でも、あれらの生命体の器官に影響を及ぼしうるに充分な量の気体を発散していることだろう。(略)

しばしカニンガムは、この地で成り立っているにおいと色のアナロジーを相像して楽しんだ。酸素や窒素のような軽い気体が、ここにはほとんどなく、したがって、彼の宇宙服から洩れだす微量のガスは、彼らにとってまったく新しいものであり、それが彼らを退散させたのだろう。彼の存在は、あの生物たちの神経にとって、ちょうど地球上の野獣における火のようなものだったのかもしれない。

ハル・クレメント「常識はずれ」, 鷲見玲子=訳, 『SFマガジン』1976年2月号(No. 207), pp. 267-268.

メモ

本作はのちに3作の短編が書かれることになる〈レアード・カニンガム〉シリーズの第1作だが、邦訳されているのはこれだけ。原題はカニンガムの「(逃亡中なのに異星生物の観察に没頭してしまう)常識はずれの性格」と異星生物の「普通ではない感覚器」をかけたものだろう。この感覚器ネタ自体は面白い。なお本作品は1996年に、ヒューゴー賞創設前の作品を遡って選ぶレトロ・ヒューゴー賞の1946年短編小説部門を受賞している。

以下は Astounding 誌掲載時のウィリアムズ(Williams)による挿絵、異星生物の姿。

Williams, Astounding Science Fiction, September 1945, p. 47.

Williams, Astounding Science Fiction, September 1945, p. 59.