GE⊕ Lunar Power Station の形状について

グレーター・アース月発電ステーションとは

2023年夏にESA(欧州宇宙機関)から「Greater Earth Lunar Power Station(グレーター・アース月発電ステーション)」という構想の最終報告書が発表された。ESAのDiscovery programmeにおける宇宙太陽光発電に関する公募で選ばれたうちの、スイスAstrostrom社の研究だ。

The GE⊕-LPS バタフライ・デザイン・コンセプト(Credit: Astrostrom)
Greater Earth Lunar Power Station (GE⊕-LPS) Final Report

これは月資源を使って太陽光発電衛星(SPS)を建造して月面にメガワット級のマイクロ波電力を供給するという構想である。そしてゆくゆくはそれを地球周回軌道に移送して電力を地球に送ることも考えているらしい。それにしても、このビジュアルがインパクト大である。

「Greater Earth Lunar Power Station」の略称は「GE⊕-LPS」となっており、 この「⊕」は地球を表す惑星記号である。「Greater Earth(グレーター・アース)」というのは、Astrostrom社の経営者でアーティスト(そして研究チームのリーダー)のアーサー・ウッズ(Arthur Woods)の思想が反映された名称だ。太陽-地球系のL2点(第2ラグランジュ点)は地球から約150万 km の位置にあるが、月を含んだその半径150万 kmの範囲(ヒル圏ヒル球)全体をこう呼んでいるらしい。日本語にするとさしずめ「地球広域圏」や「大地球圏」だろうか。「グレーター・ロンドン(大ロンドン)」みたいなネーミングである。

L2 rendering

NASA/ESA, Public domain, via Wikimedia Commons

なお、研究チームには日本在住の英国人で宇宙観光経済の専門家パトリック・コリンズ(Patrick Collins)が入っているが、これは報告書の中で技術的実現可能性だけでなく、経済的実現可能性についても論じているためだろう。構造とシステム設計はスイスの建築家アンドレアス・フォーグラー(Andreas Vogler)が担当し、CG映像はラトビアのドミトリージス・ガスペローヴィッツ(Dmitrijis Gasperovics)が担当しているらしい。

並べるとアーティスト、経済学者、建築家、CG映像作家の4名で研究チームが構成されており、なぜか工学系の人間が入っていないので不思議に思える。調べてみると、公募採択当時のページにはこの4名に加えて、マルコ・C・ベルナスコーニ(Marco C. Bernasconi)という宇宙工学の専門家(スイス)と、テオティム・クードヘイ(Théotime Coudray)というフランスでエネルギー経済学をやっている博士論文提出資格者(Ph.D. candidate)が入っていた。まあベルナスコーニ氏は最終報告書で「相談した外部専門家」の1人として名前が出てはいるし、「Greater Earth(グレーター・アース)」という概念をウッズと共に提唱している方であるのだが。

さておき、以下の(非常に頑張って作られている)動画で構想の概要は掴める。

宇宙から月面にテザーを降ろして、EM-L1(地球-月系L1点)から月面までを結ぶ宇宙エレベータを設置するという、かなり面白い工程もあるようだ。月面の資源採掘にはNASAで研究開発中の低重力用掘削機「RASSOR(レイザー)」を使うらしい。それはともかく、本題の太陽光発電衛星の形状があまりにも特徴的で気になったので、なぜこうなったのか調べてみた。

なぜこんな形状なのか

まずESAのページを見てみる。

Taking inspiration from a butterfly, GE⊕-LPS feature V-shaped solar panels with integrated antennas, deployed in a helix configuration extending more than a square kilometre end to end. The design would yield continuous 23 megawatts of energy for lunar surface operations. The solar panels themselves are based on iron pyrite monograin-layer solar cells produced on the Moon.

蝶からインスピレーションを得たGE⊕-LPSは、アンテナ一体型のV字型太陽電池パネルが特徴で、端から端まで1平方キロメートル以上に及ぶらせん状に配置される。この設計により、月面での活動に利用できる途切れない23メガワットのエネルギーが得られる。太陽電池パネル自体は、月面で生産された黄鉄鉱単粒子層太陽電池をベースにしている。

ESA - Lunar solar power satellite

上記のようにあるのだが、形状の理由については書かれていないので、最終報告書のデザインに関する箇所を読んでみた。

The GE⊕-LPS concept has gone through a series of geometrical design iterations. After examining various geometric configurations for the GE⊕-LPS, we arrived at an optimized helical design concept with an integrated phased-array transmitter and an optimized photovoltaic deployment using a solid-state V-Shaped photovoltaic design inspired by the heat collection of butterflies with a V-shaped wing position. As such, this biomimicry-inspired design is called the ‘Butterfly’ concept. It consists of a spherical habitat in the center, from where two axes deploy. The longer axis forms the longitudinal rotation axis for a helix shape. The rotation from end to end is 180 degrees and forms a ring beam. Between the longitudinal axis and the ring beam the hybrid PV-Antenna elements are spanned. The helix-based shape has the advantage, that no matter how the inclination angle to the Sun changes, always the same amount of solar energy is received. At the same time the beam-forming antenna elements can directly face the rectenna and therefore do not need to be switched continuously.

GE⊕-LPSコンセプトは、一連の幾何学的設計の繰り返しを経てきた。GE⊕-LPSの様々な幾何学的構成を検討した結果、フェーズドアレイ送信機を統合した最適化ヘリカル(らせん状)デザインコンセプトと、V字型の翅を持つ蝶の集熱にヒントを得た、ソリッドステートV字型太陽電池デザインを用いた最適化太陽電池配置にたどり着いた。そのため、この生物模倣にヒントを得たデザインは「バタフライ」コンセプトと呼ばれている。中央に球状の居住空間があり、そこから2本の軸が伸びている。長い方の軸は、らせん状の縦方向の回転軸を形成する。端から端への回転角は180度で、環状梁(リングビーム)を形成する。縦軸と環状梁の間にハイブリッド太陽発電アンテナ素子が配置される。らせん形状の利点は、太陽に対する傾斜角度がどのように変化しても、常に同じ量の太陽エネルギーを受けることができる点である。同時に、ビームフォーミング(指向用)アンテナ素子は直接レクテナに向かい合うことができるため、連続的に切り替える必要がなくなる。

As a baseline for power supply to the lunar surface we have established a requirement for the GE⊕-LPS of 1.5 MW of continuous power for initial operations, allowing some margin for additional storage. To deliver this amount of power, the solar collector of the GE⊕-LPS would require a diameter of 300 m giving an optimized PV surface area of 29,339 m2. Using PVs with an efficiency of 91W/m2 this would generate 3.6 MWe at the SPS and deliver 2.0 MWe at the rectenna. However, since a smaller antenna in space requires a much larger rectenna on the Moon, a larger SPS may be considered economically and technically advantageous, as more power can always be used to increase mining and production.

月表面への電力供給のベースラインとして、我々はGE⊕-LPSについて、初期運用のための連続電力1.5 MW の要件を設定した。この電力を供給するために、GE⊕-LPSの太陽集光器は直径300 mが必要で、最適化太陽電池パネル表面積は29,339 m2 となる。効率91 W/m2 の太陽電池パネルを使えば、SPSで3.6 MWe *1を発電し、レクテナで2.0 MWe を供給できる。しかし、宇宙空間でアンテナを小さくすると、月面のレクテナを大きくする必要があるため、大きなSPSは経済的にも技術的にも有利であると考えられる。

To provide power to the lunar surface from EM-L1 is a trade-off between antenna size and rectenna size, i.e., the smaller the transmission antenna the larger the rectenna on the surface and vice versa. A SPS with a diameter of 900-1,200 meters at EM-L1 will require a rectenna on the Moon with a diameter of 4-5 kilometers, assuming use of 5.8 GHz microwaves. With the rectenna located near the base station of the LSE at Sinus Medii, continuous power can be supplied for lunar beneficiation and fabrication operations. A GE⊕-LPS located near the EM-L1 hub would also benefit from station keeping and maintenance. Beaming power from lower lunar orbits would require more satellites.

EM-L1から月面に電力を供給するためには、アンテナサイズとレクテナサイズがトレードオフになる。すなわち、送信アンテナが小さければ小さいほど月面上のレクテナは大きくなり、その逆もまた然りとなる。EM-L1で直径900-1,200 m のSPSを運用する場合、5.8 GHz のマイクロ波を用いると仮定すると、月面には直径4-5 km のレクテナが必要となる。レクテナを「中央の入江(Sinus Medii)」の月宇宙エレベーター(Lunar Space Elevator;LSE)基地近傍に設置することで、月の選鉱・加工作業に継続的な電力を供給することができる。EM-L1ハブの近くに設置されたGE⊕-LPSは、ステーションの維持と保守にも役立つ。もっと低い月周回軌道から電力を供給するには、もっと多くの衛星が必要となる。

The helical shape optimizes the orientation aspect of the GE⊕-LPS by minimizing the need to constantly point the solar collectors toward the Sun. The reduction of about 33.3% in utilisation of the solar panels as a result of the geometry is offset via the use of V-Shaped photovoltaic arrays which increase both the surface area and efficiency of the photovoltaics, resulting in a higher power output (+ 1.35) than a flat PV surface.

らせん形状によって太陽集光器を常に太陽へ向ける必要性が最小限に抑えられ、GE⊕-LPSの指向方位が最適化する。この形状の結果、太陽電池パネルの利用率が約33.3 % 低下するが、V字型の太陽電池アレイを使用することで相殺され、太陽電池の表面積と効率が向上するため、平らな太陽電池面の場合よりも高い出力(+ 1.35)が得られる。

Greater Earth Lunar Power Station (GE⊕-LPS) Final Report

なお「V字型の太陽電池アレイ」というのは以下の画像参照。このようにV字断面が連なってジグザグになった構造になっているらしい。

V字型構造のロールプリントハイブリッド太陽電池/アンテナ素子のコンセプトデザイン。
Greater Earth Lunar Power Station (GE⊕-LPS) Final Report

というわけで、太陽光発電衛星の面が180度ねじれていて「らせん(ヘリカル)」形状なのは、以下の理由によるものだと分かった。

  1. 太陽に対する角度が変化しても、常に同じ量の太陽エネルギーを受けることができる。
  2. 太陽発電パネルを常に太陽へ向ける制御をしなくてもよくなる。
  3. さらにV字型の太陽電池アレイを使うことで、平らな太陽電池面の場合よりも高い出力が得られる。

ただ、2. と3. は1. の前提があれば、まあそうなのかと思うのだが、個人的にはそもそも1. が本当なのか半信半疑。画を見ると確かにそうなる気もしてくるのだが、果たして本当なのだろうか。それとこの形状は長軸と短軸があるので慣性モーメントを考えると姿勢が安定するのだろうか、という点も疑問なのだが、詳しい人がいれば教えていただきたい。

*1:「MWe」は「megawatt electric」の略で、電力業界で使用される電力の単位。熱エネルギーから変換された電気エネルギーの単位。発電所から出力される電力のことを明示するために使われる。これに対して入力される熱エネルギーの単位は「MWt(megawatts thermal)」と呼ばれる。