3D近距離恒星図:光世紀の世界を立体的に見る

宇宙SFファンにはよく知られているが、「光世紀世界」という概念がある。われわれの太陽を中心とする半径50光年の宇宙空間のことで、その直径は100光年つまり1光世紀となる。谷甲州〈航空宇宙軍史〉に出てくる「汎銀河世界」の基となっている概念でもある。

さて、提唱者でもある石原藤夫氏の『光世紀の世界』とそれを基にした『《光世紀世界》への招待』『《光世紀世界》の歩き方』が出版されているので、必要なデータ(星表)はすでに世に出回っている。ならばWebで3Dの近距離恒星図を公開している方がいてもおかしくないはず――ということで探してみたが、結果として満足できずに自作することとなったので、その顛末をまとめた。さらに、利用した座標データのファイルを配布する。

Webで探した星図

近距離の恒星立体マップ

まず、水城徹氏のサイト『航天機構』で「近距離の恒星立体マップ」がVRML形式で公開されているのを見つけたが、収録恒星数は40個強と少ない。なお、データ元は石原氏の著作ではない模様。

※VRMLは以下のソフトで見ることができる。

《光世紀世界》交易の図

また、以下のサイトには Java Applet で閲覧できる3D図がある。Chrome では Java Applet をサポートしなくなったので、標準だと閲覧できない。

Stars within 50 light years

そしてこちらは海外サイトだが、肉眼で見える133の星が描かれた図とそのリスト。残念ながら図は2次元である。こちらの記述によると、半径50光年の領域には実際は2000の星からなる1400の星系が存在するため、ここに描かれているのは全体の一割ほどの最も明るい星々でしかなく、それ以外のほとんどは矮星とのこと。

Table of trip time for the 50 nearest stars

ニュートン力学と相対論のそれぞれによる近距離星(50個超)への所要時間をまとめているサイト(仏語)。

Nearby Star Map

半径約50光年の星図を公開しているサイト。

100,000 Stars

太陽近傍の星10万個以上をプロットして視覚化。最大で天の川銀河を俯瞰できる。太陽近傍だけ星が密集しているように見えるのは、そこしか観測データがないから。非常に素晴らしいが、科学的な精度は無保証とのこと。Chrome 以外のブラウザでは閲覧できないかも。

Near Star Map

Android 用の近距離恒星アプリもあった。

3-D Starmaps

使えそうな情報が色々とまとまっているサイト。

結局自分の思うようなものがなかったので、3DCGソフトも少しは扱えるようになったことだし、自作できないものかと考えた。

Webで探したデータ

まずはデータをどうするか。すぐに出てくる以下のページには非常に簡素なリストしかないので、あまり使えない。

探してみると以下のサイトで海外のSF・TRPGファンの方が、近年の情報で更新した近距離星のデータセットを色々と公開していた。やはり同じようなことを考える人はいるものである。このサイトでは『AstroSynthesis』という3D宇宙地図ソフトでの利用方法を紹介している。

光世紀星表からの自作

ここまで探したところで、やはり石原氏の「光世紀星表」を利用して自作しようと決めた。しかし最大の問題は、光世紀星表のデータをテキスト化することから始めねばならない点。『《光世紀世界》への招待』はもちろん、オリジナルの『光世紀の世界』も所有しているので星表は手元にあってすぐ参照できるのだが、それぞれ1部ずつしかないので裁断してスキャンしたくはない。かといって、もう1部買うのも絶版となっている現在では古書価が高くて困る。

昔はフロッピーディスク版『光世紀の世界』が石原氏の主催するSF資料研究会から頒布されていたようなので、これがあればおそらく楽なのだろうが、すでに入手困難である。自分で星表の数値を打ち込まねばならない。

結局裁断せずにスキャンしたが、OCRではうまく読み取れず。仕方がないのでモニタ上で横に並べたスキャン画像を見つつ、総数800強の恒星座標値を表計算ソフト(Excel)に手打ちした。年明けから隙間の時間に作業を進めていたら、半年もかかってしまった……。光世紀星表にはさまざまなデータが掲載されているが、今回必要なのは「銀河デカルト座標」のデータのみなので、それ以外はほとんど入力していない。

銀河デカルト座標は直行座標系(XYZ)なので、これさえあれば銀河座標系を直行座標系に変換などといった面倒な手順は不要だ。

ちなみに銀河デカルト座標は以下のように定義されている。算出する手順も引用しておく。

  • x軸:太陽系を原点とし銀河中心の向きを正とする〔光年〕
  • y軸:太陽系を原点とし銀河回転の向きを正とする〔光年〕
  • z軸:太陽系を原点とし銀河北方の向きを正とする〔光年〕

順序としては,赤道座標である赤経赤緯を,まず天球面上での銀河座標である銀経銀緯に直し,それと光年で測った太陽系からの距離とを合わせることによって,xyzで表現される3次元銀河デカルト座標を得るのである.

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』pp. 57-58, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

なお、何をもって「北」とするのかだが、「そこにいる人にとって銀河の回転が時計の針の回転と同じ向きに見えるような位置」が「銀河の北方」であるとされている(『《光世紀世界》への招待』p. 15)。上に引用したように銀河座標系から変換しているので、これは銀河座標系における「銀河北極」と同じものだろう。

光世紀世界をイメージする助けとなるように、『《光世紀世界》への招待』より2つの図を引用しておく。まずは銀河北方より見下ろした際の位置関係を示す模式図。

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』p. 16, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

そして各座標の定義である(ここでは銀河座標の銀経・銀緯は使用しないので無視してよい)。

石原藤夫『《光世紀世界》への招待』p. 17, 裳華房, ポピュラー・サイエンス, 1994.

入力が済んだらそのデータにミスがないか、プリントアウトして突き合わせチェック。案の定ぼろぼろ出てくるので、修正して再度チェックし、また修正。最後に (x,y,z) の数値部分だけを抜き出してCSV形式にする。


右手系と左手系の罠

ここで、3Dソフトで使用されている座標系と光世紀星表で使われている座標系が異なっていることに気づいた。光世紀星表の銀河デカルト座標は右手系を採用している。一方、自分の使っている3Dソフト LightWave は左手座標系を採用しており、ソフト内では平面がxz軸・垂直がy軸となっている。

そして以下の画像のように、右手系と左手系では、xz軸を合わせるとy値の符号(+と-)が逆になってしまう。

ということで、左手座標系ソフトで星表データを利用するため、表計算ソフトでy値が入る列(2列目)全体に -1 を掛けて符号を反転させてから保存する。

もちろん右手系のソフトであればこの手順が不要なので、そのままのデータを流し込める。参考として、採用している左右の座標系別にした主要3Dソフトの分類を以下に示す(y-upとz-upは分けていない)。

  • 右手座標系:Maya / 3ds Max / Blender / Shade / Houdini / Softimage / modo / Rhinoceros
  • 左手座標系:LightWave / Cinema 4D / Unity

3Dソフトへの入力

ここでは LightWave を利用。Modeler プラグイン「Import CSV XYZ」を使用して (x,y,z) の3列あるCSVファイルを読み込むと、各座標に点(ポイント)が生成される。このとき、数値の単位はメートルとして読み込まれるので注意。星表にある座標の単位は[光年]なので、この場合ソフト上では1m=1光年換算となる。

この点群の位置に大きさのある星を置くため、まず星となる球を作成する。ここでは直径10cmの球にしてみる。1m=1光年なので直径0.1光年というありえない大きさの星になるわけだが、実際の縮尺で作ると非常に小さくなってしまうのでその点は無視する。

球をFGレイヤー、点群をBGレイヤーにして、[マルチ加工]>[複製]>[ポイント複製プラス]を起動しそのまま[OK]を押す。ポイントのある位置に球が複製される。

最後にカメラを任意の場所に配置、レンダリングして終了。

これで自由自在に視点を動かして光世紀世界の中を覗くことができるようになった。やろうと思えばアニメーションも可能だ。素晴らしい。学術的に裏付けのある星の配置なので、SFなどで太陽系周辺の星図などを出したい場合は役に立つこと間違いなしである。

ただし学術的なカタログをベースにしているとはいえ、実際の距離との誤差がある点に注意。石原氏も「光世紀星図でいちばん問題なのは視線方向の距離で、これはたぶん何光年もの誤差があると思います」とインタビューで語っている。

ここからさらにそれぞれの星に名称を表示できるようになれば最高なのだが(こんな感じに)、今の自分にはここまでで精一杯。もしかしたら3Dソフトのスクリプトを作れば何とかなるのかもしれないが、そこまでの技術はないので。

データの古さについて

最初のカタログ『光世紀の世界』が出たのは1984年、基になっているデータは1970年代のものである。1994年に出た『《光世紀世界》への招待』ではその後新たに発見された星のデータが追加されているとはいえ、さすがに現時点から見るとやや古くなってしまっている。本来は更新するべきなのだが、それには最新の星表を探して追加された星や更新されたデータをチェックするというかなりの作業が必要となるため、今回はできていない。

なお、光世紀星表自体は多くの星表を基礎にして作成されているが、なかでも主として以下のカタログを参照しているらしい(日本語表記は『《光世紀世界》への招待』に準拠)。

グリーゼの近距離恒星カタログも更新されているし、近年はさらにヒッパルコス星表もあるので、利用できそうなデータは公表されている。現在進行中の「ガイア」ミッションというものもある。まあできたらそのうち反映したいものだが。……誰かやりたい人いませんかね。

追記

以下はこの記事が出た後にチェックされた方によるツイートだが、やはりLCC(光世紀星表)にはデータの古さに起因する間違いがあるらしい。更新すべきだよなぁ……(と思っていたらなんと更新版の星表を公開して頂いた。詳しくは後述)。

CNS3というのはグリーゼの近距離恒星カタログ (Catalogue of Nearby Stars) 第3版の略称。SIMBADはフランスのストラスブール天文データセンターが運営しているオンラインの太陽系外天体目録データベースのこと。


系外惑星の紐付け

また、系外惑星が発見されている恒星(系)についても、以下のような提供サイトからデータを反映させることができればよいのだが、これらも今後の課題だろう。……誰かやりたい人いませんかね。

付記

ところで、裳華房〈光世紀〉シリーズの3巻目(仮題『《光世紀世界》の観光案内』)は著者の石原氏によると「出ないだろう」とのことで、大変に残念。基となった私家版『光世紀の世界』は現在もWebで探すとたまに古書として出ているのが確認できるので()、欲しい方は見つけたら機会を逃さず購入しておくとよいだろう。一部の図書館でも所蔵しているようだ

光世紀星表は発表以来、いくつかのSF作品で設定構築用の資料として活用されている。最近の作品では、TVアニメ『翠星のガルガンティア』第4話の以下のカットにおける制作資料として利用されているのが知られている。

『翠星のガルガンティア』第4話「追憶の笛」より

ここを手がけた設定考証スタッフの小倉信也氏は以前石原氏の依頼で、レーザーカットのアクリルと豆電球を使い光世紀星図の立体模型「光世紀星儀」の大型版を作成した方でもある。

なお、光世紀星儀は1983年に「宇宙儀」という名称で特許出願され、1985年に公開されている(特開昭60-041082)。特許情報プラットフォームのサイトにある特許・実用新案番号照会ページの「公開・公表特許公報(A)」から「1985-041082」を検索すると閲覧でき、PDFでダウンロードもできる。

石原藤夫, 倉田正也, 花田真. 宇宙儀. 特開昭60-041082. 1985-03-04.

データ配布

石原藤夫氏ご本人より「大いに広めて下さい」と許可をいただけたので、作成した座標データファイルを以下のリンクより配布します。

内訳は以下。

  • LCC.xlsx
    • 光世紀カタログ番号、連星表示、代表的名称、銀河デカルト座標のデータが入力されたXLSXファイル。要するにこれ
  • LCC.xls
    • 上のファイルをXLSファイル(Excelの旧ファイル形式)として保存したもの。
  • LCC.csv
    • 同じく、CSVファイルとして保存したもの。Excel以外の表計算ソフトでも使える。ただし、CSVにしたために上記2つのファイルと内容は同じだが、数値の書式設定が削除されている。例えば本来のカタログ番号は「0010」などと4桁表記だが、これが「10」というように手前のゼロが消えていたりする。
  • LCC_for_Lefthanded_System.csv
    • 左手座標系用に、yの符号を反転させた銀河デカルト座標 (x,y,z) の数値のみが入力されたCSVファイル。前述した左手座標系の3DCGソフトへ読み込ませるために作成したもの。
  • readme.txt
    • 説明書き。

用途を問わず、商用・非商用問わず自由に使用できます。

入力したデータはひと通りチェックしましたが、ミスを見つけた場合は教えて下さい。すみやかに訂正します。

データを訂正した場合などに不都合となるので、再配布については控えていただきたいのですが、このデータを基に新たなデータを追加・更新したものを作成して配布したいという場合は連絡を下されば対応します。

このデータを使用して起きた不具合等については一切の責任を負いません。

不明な点がありましたら直接問い合わせをお願いします。

また、数値データではなくすでに配置された3Dオブジェクト自体が欲しいという方は、個別に連絡を頂ければ検討します。

追記1:補完データとそして驚異の更新版カタログデータ

この記事を出した直後、なんと赤経・赤緯、年周視差、スペクトル型など、こちらが入力していない「光世紀星表」項目について、1988年ごろに入力していたものを持っているという方から連絡を頂いた。以下のページで公開していただいたので、CSVファイルが入手できる。こちらのデータと簡単に合体させられる。

……などと思っていたら、続けて同じ方が着々と光世紀星表のデータを最新のものへ更新・公開してくれた。光世紀世界の半径も50光年から100光年まで拡大されている。2016年9月には前述した位置天文学衛星「ガイア」の最初のデータがESA(欧州宇宙機関)から公開されたのだが、早速それも取り込んでくれている(「最新/未検証版」には Gaia Data Release 2 の視差を SIMBAD から取得できた範囲で反映してあるらしい)。直交座標値も入っているため、3Dソフトへ持ち込むのも簡単だ。現時点での最新版光世紀カタログといえるだろう。素晴らしすぎる。利用する方はぜひこちらを!

ちなみにUTF-8で保存されたCSVファイルをExcelで開くとShift_JISとして開くため、文字化けする。Excel利用者はShift_JIS版を選ぶこと。

以下は、この星表データをBlenderへ持ち込んでみた記事。

こちらは、同じ星表データからビューアを作成された方の記事。格好いい。

追記2

Gaia Early Data Release 3を基に太陽から100パーセク(326光年)までの星(総数30万個以上)が高精度マッピングされた「Gaia近距離星カタログ」(ADS)が公開されていた。

参考



最終更新日:2022-05-09