史上初の本格的人工知能小説『ザ・ソート・マシン(思考機械)』

つい先日亡くなられた金子隆一氏が、2004年に計測自動制御学会誌へ寄せた解説記事を読んだ。この号は特集が「小説・漫画・映画に登場した先端科学技術」ということでSFファンには興味深い内容なのだが、そこにこんな記述がある。

1927年,史上最初の商業SF誌「アメージング・ストーリーズ」に発表された,アミアヌス・マルセリヌスの短編「The thought machine」は,日本語にして40枚そこそこの作品ながら,コンピュータの未来をいきなり描ききった作品としてSF研究者の間では知られている.この作品に登場する「サイコマック」と呼ばれる人工知能は,中国語をベースに,新たに開発された汎用プログラミング言語によってプログラムされ,電気的リレーを演算素子に用い,高周波パルス電流で演算を制御され,タスクごとに別ユニットで分散処理を行うなど,あらゆる意味において後に登場するコンピュータを完壁に予見したものだった.いうまでもなくこの当時,計算機といえば機械式が主流であり,電気式コンピュータのアーキテクチャなど,チューリングフォン・ノイマンもいまだ夢想だにしていなかったはずである.

作品の中で,最初は巨大で不細工な機械として登場し,アミューズメント用にしか活用されなかったサイコマックも,技術革新とともに急激に小型・高速化し,知能レベルも向上し,ついには自己修復はおろか,自己再生産能力までもつに至る.人間は社会の運営のあらゆる局面においてサイコマックに依存しきるようになり,人類の知的衰退を憂慮したサイコマックは,自分たちを破壊するよう人間に警告を発するが,聞き入れられることはなく,ついに人類は自滅への道をたどることになる.

作者のA・マルセリヌスは,本名をアーロン・ネイデルといい,作品はこれ1本しか残していないが,この短編1つの内包するビジョンは,70年代以降の皮相的な人工知能の意味論など最初からあっさり超越してしまっている.作者は明らかに,時代に先行しすぎた知られざる天才の1人であると思われるが,そもそも作者はどういう人物で,なぜこの時代にこういうものが書けたのか,今のところ何一つわかってはいない.

金子隆一「科学技術の予見者としてのSF その実態と機能」計測と制御 第43巻 第1号 2004年1月号

こんな作品があったのかと思い調べてみたところ、完全に忘れていたが、金子氏が著書『新世紀未来科学』第4章でも紹介していた作品だった。「人工知能」「究極のコンピュータ」「フォン・ノイマン・マシン」の各項でこのタイトルが出ている。それによれば、機械が自己増殖できることを最初に指摘したSFがこの作品らしい(しかし具体的な機械の再生産描写はないとのこと)。

新世紀未来科学

新世紀未来科学

書誌データは以下。『アメージング・ストーリーズ』1927年2月号に掲載された作品だ。

Amazing Stories, February 1927

Amazing Stories, February 1927

なおイラストはフランク・R・パウル。扉絵は以下。

著者名の Ammianus Macellinus は、古代ローマの歴史家アンミアヌス・マルケリヌスからとったペンネームだろうが、本名がアーロン・ネイデル (Aaron Nadel) だと判明した経緯についてはよく分からなかった。なお作中のガジェット「サイコマック」の綴りは Psychomach。

当然なのかもしれないが、この作品と著者については日本語だろうが英語だろうがあまり情報がない。E. F. Bleiler の著書 Science-Fiction: The Gernsback Years (1998) にある以下の記述がGoogleブックスでヒットしたが、ここにも著者マルセリヌスについては情報がないということしか書かれていない。なお引用文中にある Tuck というのは Donald H. Tuck(が書いた The Encyclopedia of Science Fiction and Fantasy)のこと。

MARCELLINUS, AMMIANUS

According to Tuck, pseud. of Aaron Nadel. No other information. Presumably not Aaron B. Nadel, writer on military topics. Why the author selected the name of late Classical historian as a pseudonym is matter for speculation.
Science-fiction: The Gernsback Years - Everett Franklin Bleiler - Google ブックス

作品のあらすじも書かれているが、それを読むと発明者はヘンリー・スミス (Henry Smith) というキャラで、下品で利己的なガールフレンドの愚かさから思考機械を思いつくのだそうだ(ひどい……)。そしてタイプライター字消し (typewriter eraser) の特許で得た資金で彼はその生涯を捧げて機械を制作、それはのちに「マスターコンピュータ」と呼ばれるようになるらしい。また、終盤で衰退した人類は、牧歌的な遊牧民と略奪を好む部族、そして原始的農耕民となっており、科学は忘れられ、代わりに魔術が復権する世界になってしまう展開とのこと。

Science-Fiction: The Gernsback Years : A Complete Coverage of the Genre Magazines Amazing, Astounding, Wonder, and Others from 1926 Through 1936

Science-Fiction: The Gernsback Years : A Complete Coverage of the Genre Magazines Amazing, Astounding, Wonder, and Others from 1926 Through 1936

この作品について金子氏は先の著書内で「小説としての出来はともかく」と述べているので、面白さについては何となく想像がつくものの、未来予見的な面を考えるとSF史のなかでは無視できないものなのだろう。