「素人は戦術(or戦略)を語り、専門家(プロ)は兵站を語る」という引用句があり、軍事やロジスティクス分野で見かけるが、その出典がはっきりしないので調べてみた。
元は日本語ではないようだが、英語で調べるといくつものバリエーションがある。見かけたものを並べてみよう。これ以外にもあるはずだが。
- Amateurs think about tactics, but professionals think about logistics.
- Amateurs talk about tactics, but professionals study logistics.
- Amateurs talk about strategy, professionals talk about logistics.
- Amateurs study tactics, professionals study logistics.
- The amateurs like to talk about strategy and the professionals like to talk about logistics.
また、これを発した人物についても、米海兵隊総司令官のロバート・H・バロウ(Robert H. Barrow)大将による言葉だとか、米陸軍のオマール・ブラッドレー(Omar Bradley)元帥によるものだとか、はたまたナポレオンの言葉だとか、まったくもってバラバラである。
Google Ngram Viewer で探る
まずはGoogle がスキャンした書籍データから英語句の頻度を調べられる「Google Ngram Viewer」で、2019年までの出現頻度を調べてみると以下のようになった。ただし、これは単語がひと繋がりの語句になっていなくてもカウントされている場合があるので注意(語句にぶれがあるので、あえてこうしている)。あくまで大まかな傾向だと考えてもらいたい。
よく「古くからある格言」ということで紹介される引用句だが、こうしてみると1980年前後から登場している。実は比較的新しい格言なのかもしれない。
Google書籍検索で探る
Google書籍検索で古い具体例を探してみると、おそらく最古のものが1982年の Armed Forces Journal International 誌のこちら。
The opening quote of his Marine friend— “ Amateurs talk about strategy, professionals talk about logistics " —puts it all neatly in perspective. Logistics, like tactics, may not be as intellectually “respectable” as the presumably higher realms of strategic theory, but logistics and tactics win wars.
海兵隊の友人による冒頭の言葉、「素人は戦略を語り、プロは兵站を語る」は、まさにこのことを見通している。兵站は戦術と同様、戦略理論のような高次の領域ほど知的には「立派」ではないかもしれないが、兵站と戦術があってこそ戦争に勝利するのである。Army, Navy, Air Force Journal & Register - Google ブックス
以下は1983年の米国下院委員会の文書。議事録か。
there is an old cliche, which I know you have heard before, which says that in military events, the amateurs like to talk about strategy and the professionals like to talk about logistics.
皆さんもお聞きになったことがあると思いますが、「軍事的事象の際、素人は戦略の話をしたがり、プロは兵站の話をしたがる」という古い決まり文句があります。Defense Department Authorization and Oversight: Title I - United States. Congress. House. Committee on Armed Services - Google ブックス
以下は1983年に International Security 誌に掲載された論文 “Conventional Strategy: New Critics, Old Choices“ より。
There is an old joke that amateurs talk strategy and professionals talk logistics. This is unfair, but efficient logistics for modern forces require the sorts of systems analysis “bookkeeping” at which critics sneer.
素人が戦略を語り、プロが兵站を語るという古いジョークがある。これは不公平だが、しかし現代の軍隊における効率的な兵站には、評論家が嘲笑するようなシステム分析の「簿記」のようなものが必要なのだ。Conventional Strategy: New Critics, Old Choices ; Conventional Forces : what ... - Richard K. Betts - Google ブックス
1983年にParameters: Journal of the US Army War College 誌に掲載された論文 “On War, Political Objectives, and Military Strategy” より。
There is an old saying that amateurs talk strategy and professionals talk logistics. If the saying is true, then the American military has a tradition of professionalism.
素人が戦略を語り、プロが兵站を語るという古い言葉がある。もし、この格言が本当なら、アメリカ軍にはプロフェッショナリズムの伝統があることになる。Parameters: Journal of the US Army War College - Google ブックス
以下は1996年11月16日付の英 The Economist 紙。
I was reminded of what General Omar Bradley once said: “Amateurs talk about strategy; professionals talk about logistics.”
ブラッドレー元帥がかつて言ったことを思い出した。「アマチュアは戦略について語り、プロは兵站について語る」The Economist - Google ブックス
以下は2008年にこの格言について触れた米陸軍諸職種協同センターの戦闘研究所(Combat Studies Institute)の文書にある解説。発言元とされる人物の候補がどんどん増えているのが笑える。
There is much dispute as to who uttered this military maxim. It has been attributed to General Omar Bradley and US Marine Corps Commandant General Robert H. Barrow. In various other forms, it has also been attributed to Napoleon, Helmuth von Moltke, and Carl von Clausewitz.
この軍事的な格言を誰が言ったかについては、多くの論争がある。オマール・ブラッドレー元帥やアメリカ海兵隊司令官ロバート・H・バロウ大将の言葉だとされている。また、ナポレオン、ヘルムート・フォン・モルトケ、カール・フォン・クラウゼヴィッツなど、さまざまな説がある。On point II : transition to the new campaign: the United States Army in ... - Google ブックス
ロバート・H・バロウのインタビューが起源か
もっとも確からしいのが海兵隊総司令官ロバート・H・バロウ起源説だ。色々と検索すると、英語圏の語源研究家バリー・ポピク(Barry Popik)氏が2019年に出典を調べており、バロウの出典について具体的な情報が記載されていた。
“Amateurs talk about strategy and tactics. Professionals talk about logistics and sustainability in warfare” was said by Robert Hilliard Barrow (1922-2008), a United States Marine Corps four-star general, in an interview published in the San Diego (CA) Union on November 11, 1979.
「アマチュアは戦略や戦術を語る。プロは戦場での兵站と持続可能性について語る」これは、米国海兵隊大将であったロバート・H・バロウ(1922-2008)が、1979年11月11日に San Diego Union 紙(カリフォルニア州)に掲載されたインタビューの中で述べたものである。The Big Apple: “Amateurs talk strategy. Professionals talk logistics”
そして出典がこう書かれている。
11 November 1979, San Diego (CA) Union, “Q&A: Marines’ (General Robert—ed.) Barrow Backs SALT—And Conventional Rearming,” pg. C4, col. 4
The Big Apple: “Amateurs talk strategy. Professionals talk logistics”
ではこの記事を確認してみたい。この The San Diego Union 紙はその後 San Diego Evening Tribune 紙と合併して現在は The San Diego Union-Tribune 紙となっている。そしてその過去記事は、米国の新聞データベース会社NewsBankが運用している以下のサイトで探して購入できる。
さて、これがその記事である(全体が判読できないように解像度とサイズは落としてある)。
Q: But If I hear correctly, Army is proposing 110,000-member strike force that can be airlifted around the globe to protect energy and so forth. What does that do to your thesis?
A: We hear the words “rapid deployment force,“ and I'm not here to be critical of the term or those who believe in it. But maybe we don't need two, one army and one Marine. This is what the Marines have been doing for years. And, when you talk about airlift, while it responds beautifully to that American interest in wanting to go some place quickly, it's kind of poor way to get the totality of combat power so often called for within a limited time frame. You don't go, ho hum, landing in some airfield, with everybody getting out like Pan Am. It's dependent on base rights and overflight rights which can be — and have been — easily denied by any second rate country. While airlift is a good way to get something critically needed someplace in a hurry, I just don't see how you can compare that to seapower, to amphibious force carrying in the supplies to support themselves once they arrive. And there's no way you can bring in100,000 troops by air. When you get to 12,000 or 15,000, whoever's in charge is going to say, “Quit sending me more consumers — I need more consumables.“ Amateurs talk about strategy and tactics. Professionals talk about logistics and sustainability in warfare. One ship could put ashore all that you could carry in 15 or 20 days of the maximum airlift capacity we have.
Q:しかし、私が聞いたことが正しければ、陸軍はエネルギー保護などのために世界中へ空輸できる11万人規模の攻撃部隊を提案していますね。それはあなたの主張にどう影響するのでしょうか?11 November 1979, The San Diego Union, “Q&A: Marines’ Barrow Backs SALT—And Conventional Rearming,” pg. C4, col. 4A:「迅速な展開部隊」という言葉を耳にしますが、私はこの言葉やそれを信じる人たちを批判するつもりはありません。しかし、おそらく陸軍と海兵隊の2つも必要ではないでしょう。これは海兵隊が何年も前から行っていることですから。また、空輸については、早くどこかに行きたいというアメリカの関心には見事に応えますが、限られた時間枠の中で戦闘力のすべてを発揮するには、いささか貧弱な方法と言わざるを得ません。パンナム〔パンアメリカン航空〕のように、ある飛行場に着陸して、全員を降ろすというようなことはできません。基地使用権や上空飛行権に依存しますが、これはどんな二流国にも簡単に拒否される可能性がありますし、これまでも拒否されてきました。空輸は、緊急に必要なものを急いでどこかに運ぶには良い方法ですが、上陸作戦部隊の到着後に自活するための物資を運ぶのと、海上輸送能力とを比較するのは無理があると思います。そして、10万人の軍隊を飛行機で運ぶことはできません。1万2,000人や1万5,000人となれば、担当者は「消費者(consumers)をこれ以上送るのはやめてくれ、もっと消耗品(consumables)が必要なんだ」と言うでしょう。素人は戦略や戦術について語ります。プロは戦場での兵站と持続可能性について語ります。1隻の船があれば、最大空輸能力の15日か20日ぶんで運べるだけのものをすべて上陸させることができるのです。
ということで、おそらくこの1979年11月11日付 The San Diego Union 紙に掲載されたロバート・H・バロウ米海兵隊総司令官のインタビュー記事が初出だと考えてよいだろう。つまり引用句として正しく使うならこうなる。
Amateurs talk about strategy and tactics. Professionals talk about logistics and sustainability in warfare.
素人は戦略や戦術について語る。プロは戦場での兵站と持続可能性について語る。11 November 1979, Gen. Robert H. Barrow, USMC.
ただし気になるのは、1979年のインタビュー掲載から4年しか経っていない1983年時点ですでに「古い決まり文句」「古いジョーク」だという表現がなされている点である。しかし、もしこれが本当に古い格言だったとすると、Google書籍検索で1982年より前にまったく出てこないことが奇妙だ。インタビュー掲載以前から軍関係者だけの狭い範囲で伝わっていた言葉だったという可能性も考えられるが、さすがに無理があるだろう。やはり皆が古い格言だと思い込んでいただけで、実は1979年11月より前には存在しなかった、比較的新しい格言なのではないだろうか。
ちなみに新聞データベースとして知られるNewspapers.comで「"Amateurs talk about strategy"」と「"Amateurs talk about tactics"」を検索してみたが、1978年以前の新聞記事ではヒットしなかったことを記しておく。
オマール・ブラッドレー元帥起源説
それ以外によく挙げられるのがブラッドレー元帥起源説だが、前述したポピク氏は以下のように棄却しており、もっともな考察だと思われる。
Omar Bradley (1893-1981), the last five-star officer of the United States, is often credited, but it’s uncertain if he ever said it. “For military command is as much a practice of human relations as it is a science of tactics and a knowledge of logistics”—a somewhat related quotation—was printed in Bradley’s book, A Soldier’s Story (1951). “I was reminded of what General Omar Bradley once said: ‘Amateurs talk about strategy; professionals talk about logistics’” was a letter printed in The Economist (London, UK) on November 16, 1996. General Bradley’s statements were usually recorded, and it’s unlikely that he said it and that it would not be cited in print before 1996.
アメリカ最後の元帥オマール・ブラッドレー(1893-1981)もよくクレジットされているが、彼が実際に言ったかどうかは定かではない。ブラッドレーの著書『A Soldier’s Story(一兵士の物語)』(1951年)には、「軍事指揮とは、戦術の科学や兵站の知識であると同時に、人間関係の実践でもあるからだ」と記されている。そして「ブラッドレー元帥がかつて言ったことを思い出した。『アマチュアは戦略について語り、プロは兵站について語る』」という文が、1996年11月16日付の『エコノミスト(The Economist)』(英国、ロンドン)紙に掲載されている。だがブラッドレー元帥の発言はたいてい記録されている。だから彼がその発言をしていたとして、それが1996年以前の印刷物に引用されることがなかったとは考えにくい。The Big Apple: “Amateurs talk strategy. Professionals talk logistics”
ヘンリー・E・エクルズ起源説
さらに下記ツイートを見かけ、ヘンリー・E・エクルズ(Henry E. Eccles)起源説というのもあるらしいと知る。
メモ
— 林 譲治 (@J_kaliy) March 17, 2022
「素人は戦術を語り、専門家は兵站を語る」は米海軍少将のヘンリー・エクルズによるもので、第二次世界大戦に参戦し、米海軍大学校で兵站を研究。主著は1959年だが翻訳されていない。だからこの言葉は原著を読んだ人の引用だろう。
なお、Google書籍検索でエクルズ著作を「amateurs」「professionals」「talk about」「tactics」「strategy」でそれぞれ検索しても格言となっている文に近いものはヒットしなかった。だが、どうやら元は1959年の著書 Logistics in the National Defense 内の長い文章だったものを要約したのではないか、ということらしい。
素人は戦術、玄人は兵站……の出展はどうもこれらしい。正確には、兵站の重要性を述べたそこそこ長い文章を、誰かが日本語で紹介した時に今日知られる形で要約したのではないだろうか。
— 林 譲治 (@J_kaliy) March 18, 2022
「Logistics in the national defense」 Henry Effingham Eccles 1959
1→
The evaluation of logistic effectiveness is one that requires the finest kind of mature and fully informed professional judgment. It is not an area where amateurs and the use of superficial statistics can contribute to our national security. This careful evaluation is particularly important in connection with those organizations and procedures which were established in response to the clear lessons of previous war experience.
兵站の有効性を評価するには、熟練した専門家の判断と十分な情報が必要だ。素人や表面的な統計の利用が国家安全保障に貢献できる分野ではない。この慎重な評価は、過去の戦争経験から得た明確な教訓に対応して設立された組織や手続きに関連して、特に重要である。Logistics in the National Defense - Henry Effingham Eccles - Google ブックス
ただ、これが格言の元であると言い切れるかというと、なかなか厳しいのではないだろうか。日本語話者が要約して広まったという説については、ためしに2000年までの日本語のGoogle書籍検索をしてみたが、「素人戦略」や「素人戦略家」「素人戦略論」という表現は出てくるものの、格言にあるような専門家と対比した文は見つけられなかった。
日本語圏での広がり
では日本語圏のWeb上ではどうだったのか、というと、検索してみたら以下のようになり、この格言は2009年まで(ほとんど)存在していなかったのではないかと思われる。
現在確認できる限り、2010年9月の以下の記事が日本語圏のWeb上での初出かと思われる。著者は元陸将補だが、おそらく英語圏で伝えられているこの格言を知っていたか、後述する『補給戦 何が勝敗を決定するのか』の解説を読んでいたと思われる。
そして奇しくも同月に出た以下の記事も、その後の広がりにかなり影響を与えていると思われる。
戦史家のマーチン・ファン・クレフェルトの著作「補給戦―何が勝敗を決定するのか」(中央公論新社)の解説文で、石津先生は「戦争のプロは兵站を語り、素人は戦略を語る」という言葉を紹介されています。これは広く知られた言い回しなのでしょうか。
「種明かしをしますと、言葉そのものを作ったのは実は私なんです。ただし、勝手に作ったわけではなくて、従来からそうしたことが言われてきたのは事実です。
「プロは兵站を語り、素人は戦略を語る」石津朋之 防衛省 防衛研究所 戦史部第一戦史研究室長, LOGI-BIZ:月刊ロジスティクス・ビジネス2010年9号
これまでの英語圏での実例を見てみると、この石津氏は英語圏で知られていた格言を日本語に訳して紹介したというのが事実なのではないだろうか。なお、この解説文の載った『補給戦 何が勝敗を決定するのか』が中公文庫で出たのは2006年である。Web以外で日本語圏の書籍等における初出は、これよりさらに前に遡る可能性も残るが、今回そこまでは確認できなかった。
追記
本記事の公開後にリニューアルされた国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で、1990年代に日本語圏の文献内で紹介されていた例を見つけた。この当時で既にいくつかバリエーションが存在することが分かる。
『「アマチュアは戦略を語り、プロは後方を語る。」と言う古い警句は、フォークランドにおいても真理であった。戦闘の結果はアルゼンチンの後方活動の失敗と英軍の成功を示している……』と米海軍報告が述べている通り、この戦いはその成否が後方支援活動そのものに大きく依存していることは明白であった。
齋藤芳信,「フォークランド紛争の背景等と英国の後方支援について(下)」,『鵬友』発行委員会 編『鵬友』16(5),『鵬友』発行委員会,1991-01, p. 78. 国立国会図書館デジタルコレクション
これが掲載された『鵬友』は航空自衛隊の部内誌である。
あのシュワルツコフが言うには“アマチュアは戦略を語りプロはロジスティクスを語る”と。
「J.J.インタビュー--阿保栄司 早稲田大学教授--ロジスティクスは戦争に勝つための概念」,『住宅ジャーナル』(1104),日本建材新聞社,1991-12, p. 32. 国立国会図書館デジタルコレクション
ここの「シュワルツコフ」は湾岸戦争で活躍した当時のアメリカ中央軍司令官ノーマン・シュワルツコフと思われる。
私は、結びとしてある書籍に書かれていた言葉を紹介したい。「素人は戦略を語り、玄人はロジスティクスを語る。」
佐藤修司,「生販統合化へのロジスティクス戦略――ロジスティクスによる企業業績の回復」,『季刊 輸送展望』夏季(227),日通総合研究所,1993-07, p. 103. 国立国会図書館デジタルコレクション